病を乗り越えて

病を乗り越えて 働く意味は「使命感」にある サッポロビール人事部プランニング・ディレクター 村本高史

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 人はなぜ働くのだろう。私たちは何のために働くのだろうか。今から40年以上前のこと。受験した中学の2次試験に作文があった。出題は「働く喜び」。その時間は集中して書いたのは確かだが、何を書いたかは忘れてしまった。12歳の少年だから、働く喜びを実感したはずはない。推測に違いなかっただろう。けれども今、改めて思う。働く喜びとは何だろうかと。

喉に違和感、がん宣告

 10年前の春、44歳でがんを宣告された。食道入口のがんだった。半年近く前から喉の違和感があった。内科でも耳鼻科でも異常がないと言われ、訪ねたのは消化器内科。内視鏡検査を入れた瞬間、「食道の入口に腫瘍がある」と言われた。サッポロビールの人事課長に異動して半年経ったばかり。それなのに。1週間後、正式に「食道がん」と言われた。診断書に書いてある病気の名前に、リアリティーがなかった。

 治療ができる病院に移り、放射線をかけることになる。5センチメートルのがんをとりあえず小さくし、手術するかどうかはそれから。効果は予想以上だった。かけられる限界まで放射線を続け、秋にはがんが消えていた。

 生かされたのだ。ならば、目の前のことに一所懸命に取り組もう。限りがある人生なら、先送りもするまい。仕事に全力で立ち向かった。この会社で働くことに社員は何を求めるのか。ミドルシニアの働きがいは何か。常に考えていた。人事の世代交替をめぐって、社長とも激論した。発生した案件にも飛び込んでいった。2011年の春、人事総務部長に昇格した。

がん再発、声帯を失う

 震災対応から通常業務に中心が移りつつあった初夏、再び喉に異変を感じた。今度やったら手術するしかない。声帯の真裏だから、手術となると声帯も失う。そう思って受けた夏の検査で、がんは再発していた。先生は言った。「手術するしかないけれども、手術すれば治る可能性はあります。食道発声という方法を身につければ、小さい声だけれども、出るようになります」。覚悟はしていたので、ショックはなかった。来るものが来ちゃったなあ。ここまでか。そんな気持ちだった。

 入院の準備をする中、ネットで知ったのは食道発声教室の開催。妻と一緒に事前見学に行った。感動した。そこには、喉の周りの各種のがんで声帯を失った人たちばかり。明るく、けれども懸命に発声練習をする人たちを目にし、「生きてさえいれば何とかなる」と思った。大きな勇気と希望を得て帰った。

 手術は9月の終わり。入院前の最後の退社時、「お先に」の挨拶は、この会社でのおそらく最後の声。決意を込めた。

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