現場発で考える新しい働き方

身に付いた「労働者の能力」は企業と本人どちらのものか 弁護士 丸尾拓養氏

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労基法でアプローチすることが時代に合わなくなってきている

 海外留学した労働者が帰国後すぐに退職した場合に、会社が労働者に留学費用の返還を請求した事案でいくつかの判決があります。かつては、留学費用という金銭を貸し付けた場合には返還請求できるが、そうではない場合には返還請求できないという理由づけでの判断もありました。また、受講した内容が業務に関連する場合は返還請求できないという理由づけでの判断もありました。しかし、その後、離職リスクを企業と労働者がどのように分担するかという視点での当事者の合意が有効であると判断され、逓減的な返還額の定めは公序に反しないとされました。

 この留学費用返還の論点では、そもそもは「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」という労基法16条の賠償予定の禁止との抵触が問題とされました。たしかに、留学費用返還に関する当事者間の合意が強行法規である労基法に抵触して公序に反するかというアプローチは、法律論としては正しいのでしょう。しかしながら、なんとなく実態に合致しないように思えます。むしろ直截に、海外留学した労働者が帰国後短期で退職することにより損なわれる企業の利益と、逆に享受できる労働者の利益とを勘案して、双方の実質的負担額を定める方が当事者意識に合っています。また、既に流動化が激しい理系の研究者の世界では、労働者を海外留学させることの企業にとっての意義が変わりつつあるのでしょう。さらに、労働者が保有する能力を企業が顕在化させるという視点からは、損害論のアプローチはもとより、費用負担論のアプローチも古くなっているのかもしれません。

 労基法の世界では、概して労働者は、「管理監督者」と非「管理監督者」(一般労働者)とに区分されます。管理監督者は労基法の労働時間に関する規制の適用を除外され、場合によっては「使用者」として扱われます。この「管理監督者」という法律上の概念が当事者間の労働契約上の「管理職」という概念と一致しないことは、「名ばかり管理職」(正しくは「名ばかり管理監督者」でしょう)を理由とする割増賃金請求に関する事案で問題となりました。

 この事案に対する下級審裁判所の判決や行政通達では、「行政と一体」や「指揮監督」、「労働時間の裁量」、「権限」などが判断要素として取り上げられました。しかし、この問題も、どのような労働者には労働時間規制が適用除外されるべきかというアプローチをとったとき、少なくとも採用や解雇の権限や賃金額の多寡が要素となることには違和感が残ります。労働時間規制における割増賃金の支払義務は使用者へのペナルティーであり、そのペナルティーは労働時間の枠に対するものであったはずです。

 労基法が施行されたのは1947年です。実に70年余が経過しました。70年以上前に考えられた基本的枠組みの中で実務を動かすのには限界があります。もちろん守らなければならない一線はあります。例外を設けても、その例外を厳格に運用し続ける、場合によっては緩和した例外を一転して厳格に運用することによって、70年以上前の基本的枠組みが現在を過度に拘束することになりかねません。ましてや一律の働き方ではなく多様な働き方を労働者が選択し、その受け皿を企業が用意する時代に入っていきます。そろそろ労働法の規制を当事者間で解除できるような手段が必要となっているのでしょう。

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