「もらわなければ悪いかと最初は思っていました。スイーツやら雑貨やら、一つひとつはそう値が張る物でもなかったですし。だけど回数が増えると、さすがに変だと気付きます。態度もだんだん馴れ馴れしくなってきて、ちょっと距離を置いた方がいいなぁ、と思い始めました」
誘いを振り切ったら、人事評価が急降下
決定的な事件は接待帰りに起きた。接待先はいつものように上司の得意先。山崎さんは無関係だったが、接待役として同席を上司に求められ、一緒に出掛けた。
宴席がお開きとなり、顧客を店先で見送った。すると上司は山崎さんの手を握り、「もう1軒、行こうか?」と露骨に誘いをかけてきた。もちろん山崎さんにそのつもりはない。さりげなく手をふりほどき、「明日早いので」と駅に向かって足早に歩き出した。店の最寄り駅は1つなので、上司も横を付いてくる。「ゴメン、気を悪くしないで。接待に付き合わせた御礼がしたいだけなんだ」と言い訳しながら、しつこく誘ってきた。
一刻も早く離れたくて、空車のタクシーを止めた。「今日は疲れたのでタクシーで帰ります」と伝えると、「じゃあ、送っていくよ」と乗り込もうとしてきた。さすがに我慢も限界だった。「いいかげんにしてください」。そう言い放つと、ドアを締め、発車させた。
翌日から上司は寄りつかなくなった。山崎さんも業務上必要な最低限の会話はしたものの、職場では目を合わせないように努めた。
事態はこれで収束しなかった。その期の人事評価で上司は山崎さんに最低評価を付けた。同僚にそれとなく聞いてみても、最低評価が付いたのは山崎さんだけのようだった。「セクハラで精神的にまいっていたので普段のように仕事ができていなかったのも事実です。だけど最低評価をもらうほどの大失態をしたわけでもなく、あの夜の事件が尾を引いているとしか思えません」と悔しそうに話す。
不本意だが、会社にセクハラを訴えはしなかった。「私と上司、2人だけのときに起きたこと。証拠はなく、水掛け論になるだけです。最悪、『評価が気に入らないから騒いでいるだけ』と思われるのがオチ。不服を申し立てても私が損するだけです」
その後、セクハラ上司は異動した。職位が上がる栄転だった。何事もなかったかのように出世の階段を上った。「会社はこんな人が偉くなるのか」。それがまた納得できなかった。
新しい上司は性別で部下をみることもなく、仕事は格段にしやすくなった。でも一度落ちたモチベーションがなかなか戻らない。
「仕事を成果できちっとみてくれて、女性を登用してくれるなら、昇進・昇格したいと思います。でも個人的な感情で評価が最低ラインまで簡単に落とされる。こんな不公平な組織で働く意欲がわきません」
日本経済新聞社編集委員。1964年新潟県生まれ。早稲田大学卒。1988年日本経済新聞社入社。日本経済新聞では少子高齢化や女性のライフスタイル、企業の人事制度などを主に取材・執筆。2015年法政大学大学院MBA(経営学修士)取得、修士論文のテーマは女性管理職のキャリア意識とその形成要因。男性初の女性面編集長を経て、2016年より編集局経済解説部編集委員。著書に『資生堂インパクト』。
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