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「転勤」は時代遅れなのか、それとも当然なのか 弁護士 丸尾拓養

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裁判所は「強い人事権」を認めている

 1986年の最高裁判決は、転勤命令の権利濫用について、次のような判示をしました。

 「そして、使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することの許されないことはいうまでもないところ、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもつてなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。」

 これを分解してみると、「業務上の必要性が存しない場合」と「特段の事情の存する場合」の2つの場合でない限り、転勤命令は権利濫用とはなりません。後者の「特段の事情」としては、「他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき」と「労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき」の2つが例示されています。「等」がついていることから、この2つの「とき」には限られません。

 前者の「業務上の必要性」については、上記引用部分に続いて、次のような判示がなされています。

 「当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといつた高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。」

 「余人をもっては容易に替え難い」、すなわち「この人」でなければならないというまでの必要性は求められず、「企業の合理的運営に寄与する点」が存すれば足りるということです。この「合理的運営」という表現は、就業規則変更に関する1968年の最高裁大法廷判決の「おもうに、多数の労働者を使用する近代企業において、その事業を合理的に運営するには多数の労働契約関係を集合的・統一的に処理する必要があり、この見地から、労働条件についても、統一的かつ画一的に決定する必要が生じる。」という一節の中にも見られたものです。

「転勤を巡る環境」は変化しつつある

 転勤命令に関する最高裁判決は「特段の事情」のひとつの例として、「労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき」を挙げました。「著しく」という表現は、「特段の事情」が認められるのがきわめて限定的であることを示します。

 その後の下級審裁判例においても、この「著しく」に該当するとしたものはわずかです。2人の幼児が重度のアトピー症であるために父母である労働者のいずれかが退職することでしか一方の転勤に対応できない場合に、この「著しく」を認めた下級審裁判例があります。65歳定年の裁判官は3年に1回は異動するのが通例です。国家公務員の多くも同様でしょう。身分や雇用の保障と強い人事権は相関関係にあります。

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