現場発で考える新しい働き方

「転勤」は時代遅れなのか、それとも当然なのか 弁護士 丸尾拓養

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「強い人事権の根拠」は法律には書いていない

 日本の雇用システムでは、「人事権は強い」と理解されています。配転命令や転勤命令に従わなければならないということでしょう。法的には、「転勤命令権の行使が権利濫用となる場合は例外的であり少ない」と整理されます。使用者が転勤命令権を有していて、それを行使したときに、その行使は原則として権利濫用はならず、例外的に権利濫用となって転勤命令が無効となる場合は少ないということです。

 同じように権利濫用で無効となりにくいものに、時間外・休日労働命令があります。これとは逆に、権利濫用となりやすいものに普通解雇や懲戒解雇があります。もっとも、労働契約法15条(懲戒)と同法16条(解雇)は「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」とするにとどまり、条文上は中立的なものです。条文を読むだけでは、懲戒や解雇が権利濫用となりやすいとは解せません。

 労働契約法には転勤についての条文はありません。出向については同法14条が「使用者が労働者に出向を命ずることができる場合において、当該出向の命令が、その必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合には、当該命令は、無効とする。」と規定します。同法15条と16条と比較したとき、その書きっぷりの違いは、権利濫用となりやすい程度の差異を示します。それでも、具体的にどの程度なのかは不明です。

 「その他の事情」とあるように、多種の考慮要素を許容するものなのでしょう。バゼドウ病のために現場監督の仕事ができずに自宅待機命令を受けた労働者が賃金請求をした事案で、労務提供できるかといえるか否かの判断として、「能力、経験、地位、会社の規模、業種、会社における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして」と判示した1998年の最高裁判例があります。最近のいくつかの高裁判決には、普通解雇の権利濫用性について、会社の規模を重視するものが見られます。

 このように、強い人事権を明示的に示す法律の条文はありません。しかし、一般的に、労働契約が終了する懲戒解雇、諭旨解雇、普通解雇などでは権利濫用が認められやすい一方で、労働契約が継続する状況でなされる出向、転勤、配転、時間外・休日労働、軽度の懲戒などでは権利濫用が認められにくいという傾向があります。

 別の見方をすれば、強い人事権は強い雇用保障の代償として使用者に与えられているとも言えます。たしかに、長期雇用システムの下では、特に新卒から60歳、65歳、さらには70歳まで続くかもしれない約50年に及ぶ継続的関係を維持していくためには、強い人事権がなければその実現は困難です。解雇が自由であれば、強い人事権は不要です。人事権と雇用保障とは絶妙なバランスで釣り合っているのです。

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