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企業は「社員のメンタルヘルス」にどんな責任があるのか 弁護士 丸尾拓養

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ホワイトカラーにとっての「危険」は何なのか

 物理的・肉体的危険に対するものとして始まった安全配慮義務は、年を経るにつれて、拡大する傾向を見せ始めます。たとえば、入社2年目の社員が自殺した事案に関する2000年の最高裁判決は、「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う」と判示しました。この判決は、一般的には、メンタルヘルス事案で安全配慮義務を最高裁判決が認めたものであると理解されています。しかし、1975年判決と比較すると、2000年判決では「安全配慮義務」という語は用いられておらず、また「配慮すべき義務」ではなく「注意する義務」としています。

 それでも、2000年判決は、上記の判示の前で、「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところである。」という一文を挙げ、ここでは「危険」という語を用いています。業務そのものに物理的・肉体的危険がないホワイトカラーにおいては、「長時間」、「継続」、「過度に蓄積」が危険です。すなわち「恒常的」長時間労働です。

 ここでは、ホワイトカラーの労働が当然に危険であるとの理解はされていません。物理的な雇用環境が整えられたホワイトカラーであっても、「恒常的」長時間労働がある場合には、自衛隊の大型自動車の車両整備業務や侵入盗があるかもしれない宿直業務と同様な「危険」があるとされるにとどまります。「安全配慮義務」という語を用いなかったのは、物理的・肉体的危険とは異なる場面であることを意識したのではないでしょうか。不法行為責任における注意義務違反を構成する過程で、その注意義務の内容として、「疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務」を挙げたともいえます。少なくとも、これ以前の安全配慮義務とは異なるものでした。

 この2000年の最高裁判決の判断部分が「労働者の心身の健康を損なう危険」という一節で始まっていることには感服します。何が「危険」であるかを具体的に指摘したうえで、その危険に対する「注意義務」または「安全配慮義務」を導きます。「危険」の中身がわからないままに「安全配慮義務」を議論・主張しても何も変わりません。「使用者には安全配慮義務がある」という受け身の姿勢は思考をストップさせるものです。その結果として、何も動きません。危険は放置され、同種の事件がまた起こります。

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