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企業は「社員のメンタルヘルス」にどんな責任があるのか 弁護士 丸尾拓養氏

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安全配慮義務は物理的・肉体的危険から始まった

 最近、メンタルヘルスに関するセミナーを聴講したとき、「使用者には安全配慮義務がある」と書かれたスライドから始まって驚いたことがあります。その後の話を聴くと、使用者に安全配慮義務があるから使用者には労働者のメンタルヘルスの発症について責任がある、という論調でした。ここでは、メンタルヘルスについて「安全配慮義務」を使用者が負うこと、そしてその責任を負うことは当然であるかのように考えられています。

 この話の進め方は、どのような場合にどのような内容の安全配慮義務が使用者に生じるのか、安全配慮義務あったとしてその違反があるのか、どのような責任が生じるかを看過している点で不十分です。「配慮」ということばが使われている意味も斟酌されていません。

 そもそも、安全配慮義務が最高裁で認められたのは、陸上自衛隊の大型自動車の死亡事故の事案に関する1975年の判決です。「国は、公務員に対し、国が公務遂行のために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理又は公務員が国もしくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたって、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負っている」と判示しました。その後、民間会社の労働者が宿直勤務中に侵入盗に殺害された事案に関する1984年の判決が同様に安全配慮義務を認めました。いずれも業務自体に物理的・肉体的な危険があるといえる事案でした。その具体的な「危険」に対して「安全」配慮義務が発生するという構図でした。

 この1984年の最高裁判決は、「使用者の右の安全配慮義務の具体的内容は、労働者の職種、労務内容、労務提供場所等安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によって異なるべきものであることはいうまでもない」としていました。1975年の最高裁判決は、「もとより、右の安全配慮義務の具体的内容は、公務員の職種、地位及び安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によって異なるべきものであり、自衛隊員の場合にあっては、更に当該勤務が通常の作業時、訓練時、防衛出動時、治安出動時又は災害派遣時のいずれにおけるものであるか等によっても異なりうべきものである(一部略)」としていました。

 また、別の1981年の最高裁判決は、「右義務の内容を特定し、かつ、義務違反に該当する事実を主張・立証する責任は、国の義務違反を主張する原告にある」と判示しました。すなわち、安全配慮義務違反があったと主張する側に主張立証責任を課したのです。労働契約における安全配慮義務違反の主張立証責任は労働者が負担します。

 もっとも、労働契約関係における安全配慮義務は、労働契約自体の義務とは必ずしも言い難いのかもしれません。1975年の最高裁判決は、「安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきもの」としました。この後の判決や議論の積み重ねの結果として、2008年に施行された労働契約法5条として、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と規定されました。「伴い」、「生命」、「必要」といった語の選択には相応の意味があります。

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