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なぜ新規事業開発は失敗する? オムロンが出した答え 宮田喜一郎・オムロン代表取締役執行役員専務に聞く

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―― SINIC理論と技術経営の関係をもう少し詳しく説明してください。

 オムロンは「科学」「技術」「社会」の3つの俵のうち、特に社会に重点を置いています。社会がどう変化し、それによってどのような課題が出てくるのか。社会的課題をいち早くキャッチし、技術を活用して解決する。「科学は技術を支える存在」という位置づけです。

 もちろん、科学や技術を新規事業創出の起点にしている企業もあるでしょう。しかし、オムロンは、科学や技術で突出して尖ったものを持っているわけではありませんでした。もともと創業者が秀でていたのは、社会的課題を見つけることでした。それ故に、社会ニーズに立脚した経営を進めてきたわけです。

 オムロンの事業分野は、ヘルスケアから制御システム、自動車までと幅広い。何の脈絡もないように見えるかもしれません。なぜそうなったのかと言えば、そこに社会的課題があったからです。目の前にある社会的課題を一つひとつ解決していくうちに、今の事業構成になりました。社会ニーズを満たすというよりは、世の中が気づいていない新しい社会ニーズを創造していく。言い換えれば、社会的課題の解決をベースに経営していく。それが当社の考える「技術経営」です。

――これまでオムロンは、標榜する技術経営が比較的うまく機能していたと思います。なぜ、このタイミングでてこ入れすることにしたのでしょうか。

 確かに、これまでは機能してきました。しかし、世の中は大きく変化しています。オムロンはたくさんの事業部門を抱えていますが、今の世の中で起きている変化はそれぞれの事業部門のドメインの範疇に収まらないようなものばかりです。

 例えば、「電気自動車を蓄電池として活用し、家庭に電気を供給する」というシステムを実現するには、エネルギー関連分野を扱う環境事業本部と、自動車関連分野を扱う車載事業本部が横断的に協力する必要があります。ほかにも、最近は「工場の生産ラインで働く従業員の健康を管理したい」という問い合わせが増えています。従業員が元気いっぱいの状態かどうかを事前に判断し、生産性の向上につなげるためです。このケースも、ヘルスケアと自動化制御の両事業部門の協力が必要になります。

 社会ニーズは、事業ドメインに合わせて変化してはくれません。むしろ全然関係ないことが多い。これまで通りにビジネスを展開していると、2つの事業部門が譲り合って結局事業化に着手できないという最悪の事態が起きてしまうかもしれない。そこで、SINIC理論による近未来デザインという課題設定手法、そしてそれをベースにした事業創造という創業者のDNAを、組織として共有できる形式知にしようと考えたわけです。

フォーキャストとバックキャストを融合

―― 近未来デザインや、それに基づく戦略策定などを手掛ける「イノベーション推進本部」は、実際にどのようなことに取り組んでいるのでしょうか。

 イノベーション推進本部は、英語名の「Innovation Exploring Initiative」の頭文字をとって社内では「IXI(イクシー)」と呼んでいます。

 一般的に、事業部門は今を起点に先のことを考えますよね。「来年、再来年にはこういう商品を出して、売り上げはこれだけになるだろう」と。こうした予測手法を一般に「フォーキャスト(Forecast)」と呼びます。

 一方、「将来こうなるだろう」という予測を起点に今を考える手法を「バックキャスト(Backcast)」と言います。例えば、「現金はなくなり、すべてのお金は電子マネーでやり取りされるようになる」という未来を想定する。実際、創業者はそうした未来を予測して、現金自動預け払い機(ATM)でお金をやり取りするようになると本に記しています。最近は、その状況がもっと進んでいて、ATMですら、いずれは不要になるかもしれない。バックキャストでは、このように「予測が現実のものになるとすれば、今は何をすべきか」を考えるわけです。

 ただ、「将来、現金が電子マネーに置き換わる」というだけでは単なる予測に過ぎず、実際の事業にはすぐにつながりません。電子部品を製造している現場に、「電子部品ばかりを作っていてはいかん。将来は、家庭で健康の指標を測定するようになるんだ」と急に話しても、現場は「ポカン」とするばかりです。

 IXIを設立した狙いは、この「ポカン」とする状況を引き受けて、実際の事業につなげる役割を果たすという点にあります。そのためにフォーキャストとバックキャストを融合させ、その中間にある事業化に向けた「画」を描く必要がある。それが近未来デザインであり、我々はその超具体的な近未来を描いていくのです。事業部にはフォーキャストで市場を拡大するとともに収益を増やしてもらい、創業者がやっていた近未来デザインを描く部分はIXIが引き受けようというわけです。

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