日経ソーシャルビジネスコンテスト関連特集

100年企業が大切にする長生きのヒント 慶応大学大学院特任教授/横田アソシエイツ代表取締役 横田浩一

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 SDGsは持続可能性を高めることが目標だ。日本には100年以上続く長寿企業が、3万3000社存在し海外と比較して圧倒的に多い。この長寿企業には企業、そして社会の持続可能性を高めるヒントがたくさんあるはずだ。長寿企業トップから、そのポイントを学ぼう。

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日本に長寿企業が多い

 日本には創業100年以上の企業が約3万社ある。これは、世界の創業100年以上の企業の約70%にあたり、特に長寿ベスト10のうち金剛組(大阪市)を筆頭に9社が日本企業という日本の強みである。長寿企業のほとんどはファミリービジネスだ。業種としては、日本酒や醤油、味噌、和菓子などの食品加工業、旅館などが多い。もともと近江商人の売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よしの精神をもった日本型経営は、サスティナビリティーの高い商売の形態だ。

八丁味噌を支える2軒の老舗

 岡崎城から西に八丁(870m)の位置に、まるや八丁味噌(愛知県岡崎市)がある。数百年にわたって八丁味噌を作り続けている。創業は延元2(1337)年。もう一軒と併せて、八丁味噌と呼ばれ、木桶仕込み、天然醸造で2年以上時間をかけることなどその品質の高さから全国的に有名になった。

 「その当時から守られている製法を淡々と受け継ぐことが当社の事業のすべてであり、それをそのまま次へと繋いでいくこと。それが、社長に就いて20年弱にわたり私がやっていることです」と、浅井信太郎社長は語る。江戸時代には大名貸(武家にお金を貸すこと)も事業として行っていたが、時代が明治になったことで大名がお金を返さなくなり、大正、昭和と時代が移るにつれて事業が衰退した。1931年にはいよいよ経営が行き詰まり、隣の同業のカクキューに「社員とともに蔵を引き受けてほしい」と依頼した。しかし、カクキューはそれを断った。ライバルでありながら、東海道の南側で事業を続けてほしいと言われ、今のように会社を乗っ取ってしまうことをしなかった。そのおかげで、2つの蔵が今日までライバルだけども切磋琢磨して共存してこられた。この関係は、八丁味噌の普及に大きく寄与したのだ。

新幹線開通を前に事業縮小したトップの決断

 中村酒造(金沢市)の中村太郎氏は8代目の社長だ。大学卒業後、大手広告会社を経て自社を継いだ。 2015年、北陸新幹線の長野-金沢間が開通した。新幹線開通は一大商機ともなりうるもの。ほとんどの経営者は、千載一遇のチャンスと捉え業績の拡大に期待を込めるに違いない。しかしこの時、中村社長は逆の事業戦略を取っている。 新幹線が来る前に会社を小さくしようと考えたのだ。「大きく目立たなくても小じっかりと利益を出し続ける、そういう会社が本当にいい会社なのだろう」と考えた中村社長。体質改善をするにはこの時期しかないと感じ、利益率の悪いアイテムは製造をやめ、会社の土地は一部売却した。「中村さんのところは経営が大変なんじゃないか」と言われるのではないかと心配したほどだ。しかし、低採算な商品をやめてコンパクトになった分、利益率は上がり、結果的に新幹線開業の影響もあって売り上げも減らなかった。

 中村社長の根底にあったのは、長い目で経営を見たいという意識だ。「景気や業績は循環するものであり、そのトップとボトムをどう回していくかというのが日本型の経営だ」。それはつまり、業績の良い時には資産をたくわえ、悪い時にも一定の利益を出し続けられるという商売の基本に徹しているということだ。それができているからこそ、日本には長く残っている会社が多いのだ。

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