ソーシャルメディア四半世紀

偽ニュースを楽しむ人たち メディア利用の格差がもたらす未来とは 東京経済大学教授 佐々木裕一

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 なおここでのカギ括弧つきの「現在」は、日本においては「シェア」という名で情報やコミュニケーションのコピーをウェブやSNSにおいて極めて低コストで行うことが技術的に可能になった2010年から遅れること3年ほどがそのスタート地点である。つまり、われわれの日常をそのようなコピー情報とおしゃべりが環境として取り囲み始め、その環境にスマートフォンのアプリによって日常的に4000万人以上の者が接するようになった2013年後半からである。そして2016年以降に私たちの日常で起きていることを考慮するならば、「絶対速度の速い電子的コミュニケーションが常態化することで、現実を構成する空間がまずは解体され、待機や持続といった時間が消滅することで理性が失われ、私たちに残されるのは、馬鹿げたことと嘲笑になる」という思想家ヴィリリオ(1993 = 2002)の指摘は現実となっている。

リテラシー教育とその限界

 メディア利用能力の涵養に期待されるのがメディア・リテラシー教育である。

 石田(2016)は、「情報が氾濫する時代には、注意力・意識・思考といった人間の稀少資源をめぐる精神のエコロジーにかかわる問題が発生しており、私たちはこの問題に対してこそ、注意し、意識的になり、深く思考すべき」とデジタル情報環境におけるメディア・リテラシーのこれまで以上の重要性を述べる。だが石田の主張に加えて、デバイス選択も強調するような「アーキテクチャ・リテラシー」とも呼ぶべきものも現代的なメディア・リテラシーには必要になるはずだ。

 実はその効果は筆者の学部での専門教育やゼミ教育でも実感できる。けれども同時に学生が行動レベルでの変容を起こすことの難しさも痛感しているし、そのようなことを積極的に学ぼうとは思わない一般人が時間や労力をかけてデバイス特性やウェブサービスあるいはアプリのアーキテクチャを解読しようとはしない現実もよく理解している。またスマートフォンの便利さを信奉している人びとにはパソコンとスマートフォンの特性の違いを提示しても効果がないどころか、しばしばもとの信念を強化してしまうという認知科学の知見もあり(鈴木, 2001; 2016)、どこまで教育効果が広がるかには懐疑的にならざるを得ない。

 現在の日本のソーシャルメディア利用に焦点を当てれば、アルゴリズムを積極的に用いるフェイスブックのMAUは2800万人ほどでしかないとも言える。他方スマートフォン利用でのMAUが多いSNSおよびメッセージングアプリはLINE(7200万)とツイッター(4500万)、成長性で言えば写真共有のインスタグラム(2100万)であり、LINEとツイッターの2つはタイムラインで情報を削減する方向でのアルゴリズム採用は2018年初頭においては行っていないと考えられる。だとすればアルゴリズムによる影響という点では日本人は少し安心できるのかもしれない。

 だが彼らが今後、アルゴリズムを導入しない保証はなく、限られた数のアプリケーションでなるべく多くの用を足させようとする「サービスのプラットフォーム化」の流れが続くとすれば、その導入確率は低くはないだろう。そしてその時にアルゴリズムの存在を知った上で、ソーシャルメディアを使いこなせる者とそうでないものとの差が広がっていく可能性はやはり高い。

情報過多とインタラクション過多

 LINEとツイッターにおいてアルゴリズムによる情報量削減が行われていないことを安心材料のように語ったが、他方でそれはすでに別の問題を招いている。日本人のツイッター利用者(ただし1週間に1回は利用する者)の49.5%が「ツイートや情報の量が多くて圧倒される」、62.0%が「無意味なツイートや情報が多い」という質問に肯定的に回答しており(北村ら, 2016)、人はソーシャルメディアにおける情報過多感を持っている(Sasaki et al., 2015)。

 情報過多感とは別にインタラクション過多感(Laumer et al., 2013)という概念もある。これは「誰からの」情報、もしくは「誰との」コミュニケーションであるかに受け手の認知資源が費やされ、またやりとりを繰り返すことに心理的負担を覚えることを指す。

 すでに知る間柄の者との社交目的(既存社交動機)でツイッターを用い、フォロー数の少ない者は、限られた数の共通の友人を中心に作られたネットワークから届くツイートを楽しみながら読んでいることが示唆されているが、フォロー数が多くなり、タイムラインに流れ込むツイート量が多ければ情報過多感は当然ながら増加する(北村ら, 2016)。そして既存社交動機の強い者は、「リストなどのシステム/アプリの機能によって一部のツイートを選別してから、見たり、読んだりする」という処理方法に移行する(北村ら, 2016; Sasaki et al., 2016)。つまり友人だけが登録されているツイッターのリスト機能を用いて友人からのツイートを見逃さないようにしていると推測される。これは人間関係の維持に限られた認知資源で対応する知恵(メディア・リテラシー)であるが、逆に言えば、そのような具体的処方を講じることができない者は人間関係に心理的負担を抱え続けることになる。これはLINEのグループトークでも確実に存在する事象であろう。

 さらにSNSやメッセージングアプリに顕著な短文テキスト偏重がもたらすのは断片的かつ文脈の共有されにくいコミュニケーションである。これによって私たちは情報を得ても事実を知るだけに終わり、それが意味するところへと思考が向かわないし、ましては知りえた情報で自身の行動を変えることも少ない。また、相手との意思疎通を欠く傾向にもある。

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