オフィスに出社しないで自宅で仕事をするリモートワークが新たな働き方として定着しました。この過程でわかったのは多くの仕事が「どこでもできる」ということでした。この動きはさらに進み、オフィスから離れた地域に住んだり、一定期間リゾート地などで働くワーケーションへの関心が高まっています。働く人が自分の好きな場所で働けることは、実は企業にとっても有益なことが多いといいます。この連載では、一般社団法人みつめる旅著『どこでもオフィスの時代 人生の質が劇的に上がるワーケーション超入門』(日本経済新聞出版)をもとに、好きな場所で働くことのメリットを働く人、企業それぞれの側から解説していきます。第1回は、みつめる旅の理念に共感したという山口周氏の序文「生きたい人生を生きよう」を紹介します。
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生きたい人生を生きよう
人生で一番大切な決定事項は「場所」
人生の重要な決定事項は、3つあると僕は常々考えています。
それは「どこで」「誰と」「何をするか」。
逆を言えば、この3つしか人生の重要な決定事項はないとさえ思います。そして一番大事なのが「どこで」。次が「誰と」、最後に来るのが「何をするか」です。この本はまさに「どこで=場所」がテーマです。どこなら自分は一番幸せに生きていけるか。どこが自分にとって心の動く場所か。「場所」に関することが何よりも重要で、それ以外のことは二の次と言っていいのではないでしょうか。
まず、魂が呼ばれるようなしっくりくる場所を見つけて、その場所で誰と何をするかを考える。これが本来の順序ですが、逆転している人はかなり多いように思えます。「場所」が一番重要である理由をひと言でいうと、最適な「場所」を選ぶことで累積思考量が上がり、結果としてクオリティ・オブ・ライフ(人生の質)も劇的に上がるからです。
序章では、これまでビジネスの世界において戦略コンサルタントとして、またパブリックスピーカーとして考え続けてきた僕なりの視点で、自分にとって正しい場所を見つけることの重要性について書いていきますが、本題に入る前に、僕と一般社団法人みつめる旅との関係に触れておきたいと思います。
代表理事の鈴木円香さんとは、5年ほど前に仕事で知り合ったのをきっかけに長崎県・五島列島のプロジェクトでもご一緒するようになりました。彼女が手がけた五島の写真集を見てどうしても行きたくなり、仲間を募って五島に4泊5日で旅に出かけたのが3年前。「全力で何もしない」と決めて臨んだある種のチューニングトリップでしたが、その後、独立を決意するに至るなど僕の人生の中で一つの転機となりました。
昨年上梓した『ビジネスの未来~エコノミーにヒューマニィィを取り戻す~』(プレジデント社)で、僕はもはや経済成長が望めない「高原社会」においては、未来のために現在を犠牲にする生き方ではなく、誰しもが人間らしい愉悦のために「今」を生きるコンサマトリー(白己充足的)な生き方をした方がいいのではないかと提案しました。
一般社団法人みつめる旅は、その名の通り、一人ひとりが生き方を見つめるきっかけとなるような「旅」の体験を世の中に広めることをミッションとしている団体です。理事4人が本業を持ちながら、楽しくて仕方がないから副業として活動しているという、まさにコンサマトリーな生き方の実践者たちでもあると感じています。
「通勤がラクな場所」に住むことは重要ではない
さて、自分にとってしっくりくる「場所」を見つけるというテーマについては、他でもない僕自身がかつてよく考えた経験があります。
僕が東京の深沢から神奈川県の葉山に移住したのは2015年ですが、当時、周囲からは「通勤が大変だぞ」「ワークパフォーマンスが落ちるぞ」とずいぶん脅されました。
その際に背中を押してくれたのがアップルの元CDO(最高デザイン責任者)、ジョナサン・アイブのエピソードです。 iMacのデザイナーとして知られるジョナサン・アイブですが、当初アップルに入社するか迷っていたそうです。その理由は、アップルの社屋があるカリフォルニア州クパチーノが、自分の住んでいた街から約60kmも離れていたから。車で片道1時間弱もかかる上に、クパチーノは物価が高く、何よりアイブは住んでいた街をとても気にいっていたので引っ越したくなかったのです。
迷った末にアイブは、車でクパチーノに通うことを決めアップルに入社します。その後の彼の活躍は皆さんもご存じの通りです。アイブのエピソードを読んで自分の中で「ま、いいか」と吹っ切れ、葉山への移住を決めました。
主体的に決めることの重要性は、リーダーシップの問題にも関わってきます。みんながこっちを向いているから自分もこっちではなく、誰が何と言おうと白分はこれがいいと思うからアクションを起こす胆力。好きなものは好きと堂々と言える鈍感力と言い換えてもいいかもしれません。まずはそれを回復することが大切です。