稲盛と永守

「稲盛と永守」2人の経営者はなぜ失敗しないのか? 一橋大学ビジネススクール国際企業戦略専攻客員教授 名和高司

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 ゆらぎ・つなぎ・ずらし

 さて、盛守経営の組織モデルを検討してみたい。ただし、そこでカギを握るのは構造ではなく運動論である。

 両社の組織構造が大きく異なることは、前述したとおりである。稲盛経営はアメーバ組織を基本単位としている。一方の永守は、あくまで事業所組織を基本単位とする。

 誤解を恐れずにいえば、組織構造そのものは問題ではない。いかに構造化してみたところで、それは所詮、解剖図であり、静止画でしかないからだ。『世界は分けてもわからない』(講談社現代新書、2009年)の著者で動的平衡論者の福岡伸一からは、「組織は分けてもわからない」と言われそうだ。

 生命体と同様、企業の〈細胞=組織〉も環境変化と自身の老化を先回りして、常に新陳代謝を続けなければならない。同時に、他の細胞と全体最適に向けて共振し続けるとともに、周りの生態系とともに共進化し続けなければならない。そのためには、静的な構造(メカニズム)よりも動的な力学(ダイナミズム)が重要なのである。

 生命体の進化同様、組織の進化は、〈ゆらぎ・つなぎ・ずらし〉の3つのリズムが原動力となっている。これは清水博・東京大学名誉教授のバイオ・ホロニクス論(『生命を捉えなおす』中公新書、1978年)と、ノーベル化学賞を受賞したイリヤ・プリゴジンの散逸理論(『混沌からの秩序』〈共著〉みすず書房、1987年)をベースに、筆者が考案したモデルである。詳細は、拙著『学習優位の経営』(ダイヤモンド社、2010年)をご覧いただきたい。

 稲盛のアメーバ経営は、組織に「ゆらぎ」をもたらすことに長けている。アメーバが自律的に市場に向かい、現場を回し続けることで、環境変化をいち早く察知し、迅速に行動することができる。しかしこの自律分散型の動きだけに頼ると、アメーバを超えた大きな組織運動への「つなぎ」や、さらには生存や競争の場そのものの「ずらし」は期待できない。

 そこで稲盛経営では、フィロソフィを共有することでこの弱点を補完する。アメーバの部分最適を超えて、組織全体、さらには環境全体の最適化が目指される。利他の心のパワーである。

 一方、永守経営では、事業所単位でアメーバより大きな「ゆらぎ」「つなぎ」「ずらし」を仕掛ける運動論が埋め込まれている。先述した「スリーニュー」活動である。変化は新しい事業機会の宝庫である。そこで事業ごとに、そのような「ゆらぎ」のなかから新しい骨太のテーマ(事業機会)をつかんで組織内に共有し(「つなぎ」)、製品、市場、顧客を「ずらし」ていく。このような組織運動によって、新陳代謝を進め、体質転換を実践していく。

 ここでも、事業単位を超えた全社的な「つなぎ」と「ずらし」をいかに仕掛けるかが課題となる。永守は幾多の変化の波頭から「大波」を察知し、それを全社テーマとして、組織横断のプロジェクトを仕立て上げる。

 たとえば、2018年年初に、「クルマの電動化、ロボティクス、省エネ家電、ドローン用途」を4つの大波と位置付けた。それを2019年には、「脱炭素化、デジタルデータ爆発、省電力化、ロボット化、物流革命」の5つの大波に組み替え、2020年には、コロナ危機到来に伴って、さらに「脱炭素化、デジタルデータ爆発、省電力化とコロナ後、省人化、5G&サーマルソリューション」の新5つの波に再編成している。

 時代の波頭をとらえ続け、そこから大きく化けるトレンドをつかみ取る独特の嗅覚を、筆者は「永守アルゴリズム」と呼んでいる。そのような先見力をいかに組織のなかに埋め込むかが、永守経営が直面する課題である。この点も、終章でさらに検証することにしたい。

 盛守経営の組織上の特徴は、このように組織のなかにセンサーを埋め込み、市場の「ゆらぎ」をいち早く察知し、それを組織全体に「つなぎ」、新しい機会獲得に向けて、大きく組織の「ずらし」を実現し続けるダイナミズムにある。

 それは、前出の「両利きの経営」という表層的なモデルとは、根本的に異なる。深化と探索は別の運動であってはならない。探索などという薄っぺらな活動から本質的な「ゆらぎ」をとらえることはできない。深化の先にこそ「ゆらぎ」を見つけることができるのだ。それを組織の間で「つなぎ」「ずらし」という大きな進化を生み出していく。これが盛守流の組織運動の本質である。

 

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