稲盛と永守

「稲盛と永守」2人の経営者はなぜ失敗しないのか? 一橋大学ビジネススクール国際企業戦略専攻客員教授 名和高司

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 「志す」力

 稲盛も永守も、「戦略」という月並みの言葉を好まない。稲盛にいたっては、「戦略」では持続的な未来は拓けないとまで断言する。

 「経営をするには経営戦略が大事だ、経営戦術が大事だと一般にはいわれていますが、一生懸命に働くということ以外に成功する道はないと思っています」(盛和塾での講話、2008年7月17日)

 また第二電電の創業を振り返って、次のように語っている。

 「策をめぐらし戦略戦術を練ってみたところで、あまりにも難しい事業だと、みんなが足踏みし、逡巡しているときに、『世のため人のため』というピュアな思いを信念にまで高め、ただ懸命に努力を続けた第二電電だけが、新電電のなかで生き残り成功しました。20世紀初頭にイギリスで活躍した思想家、ジェームズ・アレンが言うように、純粋で気高い思いには、すばらしいパワーが秘められているのです」(盛和塾での談話、2007年12月11日)

 では、稲盛経営には戦略は不在か? 先述した元KDDI会長の小野寺正は、次の稲盛の教えから、実践に役立つ知恵を学んだという。

 「楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽天的に実行する」(『生き方』)

 事業を構想するときには、楽天的に考えなければ何も始まらない。一方、具体的な事業計画に落とし込む際には、悲観的にあらゆる最悪の事態を想定する必要がある。そして行動に移すときには再び楽観的になって、必ず実現すべく積極的に手を打っていく。ここでも、3拍子のリズムが稲盛経営の神髄である。

 プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)が21世紀に入って展開している「科学的戦略策定プロセス」は、この稲盛のリズムと酷似している。最初に可能性を楽観的に構想し、次に実証実験の段階では最も批判的な立場の人財に担当させる。そして、事業化にあたっては小さく生んで大きく育成する積極的な人財に担わせる。なるほど、稲盛の時間軸のマネジメントは、世界に通用する骨太な戦略なのである。

 そして稲盛がその戦略のなかで強調するのが、3拍子の最初、すなわち「志す力(構想力)」である。「日本人には目標設定能力というものがあまりないと言われています」と稲盛は嘆く。

 「たいへんネガティブで悲観的な考え方をすると、どうしてもいい発想が生まれません。目標設定する場合には、必ず楽観的な立場に立って考えなければならないのですが、その辺りが日本人には足りなかったのではなかろうかと思っています。まさに、現在の日本の産業界は、この目標設定能力を問われているのではないだろうかと思います」(トヨタ車体での講演、1981年6月3日)

 野戦の一刀流

 一方の永守も、ポーター流の教科書的な戦略とは無縁である。永守といえばM&A戦略が代名詞となっているが、その本質が大きな岩の間を中小の石で埋めて石垣を築くことにあることは、前述したとおりである。「石垣作戦」である。

 また大胆な投資戦略やグローバル戦略も、永守の専売特許のように考えられている。たとえばコロナ禍と米中摩擦の最中に、中国のEVモーター工場に1000億円の投資を決定したことに、世界は驚かされた。

 しかし、これは永守流の「待ち伏せ戦法」の実践にすぎない。マーケットに先行して投資する。まさにサムスン電子の前会長である故・李健煕を彷彿(ほうふつ)とさせる手口である。

 さらに永守の真骨頂は、「新陳代謝」にある。足し算だけでなく、引き算も躊躇(ちゅうちょ)なく進めていく。永守はそれを「捨てる経営」と呼ぶ。

 「社内では『カメラもパソコンもなくなる。しがみつくな』と言っている。シェアが1番か2番のものは続けるが、3番以下の事業は売っていく」(『日本経済新聞』2015年1月15日付朝刊)

 これは、まさにGEのジャック・ウェルチを彷彿とさせる手口である。経営の教科書で「ポートフォリオ戦略」と呼ばれているものだが、ここまで大胆かつ迅速に意思決定できる経営者は世界でもそうはいない。このように見てくると、戦略レベルにおける盛守モデルの特徴は以下の3点だ。

 第一に、自ら未来を切り拓く力。教科書的な戦略や流行りの戦略には、一切耳を貸さない。むしろ常識の裏をかくこと、ブレずに自らの信念を貫くことが盛守経営の真骨頂である。

 第二に、空間をつなぐ力。製品市場も地域市場も局所戦にとらわれず、大局的にとらえて判断を下すことができる。市場から上がってくる多様な情報をいち早くつかみ、それを編集して、新しい価値創造の機会に組み上げていく力がある。

 第三に、時間軸に対する柔軟な感性。市場の大きな波をとらえる先見力と、市場の変化を迅速にとらえる動体視力の良さ。その結果、市場を先回りする構想力と、想定外の市場の変化への適応力を兼ね備えることができる。

 YKKの創業者である故・吉田忠雄は、このような実戦で鍛えられた一流のワザを「野戦の一刀流」と呼んだ。成功事例を後知恵で飾り立てた「戦略」という小賢しいワザなど、足元にも及ばない迫力である。

 「実戦を知らない経営学者や経営コンサルの戦略論など、有害無益や」と、永守は筆者が同席する場でもよく口にする。その両方を肩書に持つ筆者自身が、最も身につまされる話である。

 

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