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二・二六事件 陸軍人事から読み解く 軍事史研究家 藤井非三四氏に聞く(上)

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 1936年2月26日、首都・東京で起きた革新派陸軍将校のクーデター「二・二六事件」は、歴史的なターニングポイントとなった。鎮圧されたものの軍国主義へのうねりは決定的となり、日本は日中戦争(37~45年)、太平洋戦争(41~45年)へと突入していった。陸軍は300万人以上の人員を擁したこともある我が国最大規模の組織。人事や人材育成など経営マネジメントの視点から、さまざまな教訓も得られそうだ。『二・二六帝都兵乱』(草思社文庫) の著者である軍事史研究家の藤井非三四氏に聞いた。

 二・二六事件は「昭和維新」を掲げた陸軍第1師団など20代~30代前半の大尉らが約1500人の部下を動員し、首相官邸などを襲撃して国家の中枢部が立ち並ぶ永田町一帯を占拠した反乱だ。当初死亡と伝えられた岡田啓介首相は奇跡的に脱出したものの、高橋是清蔵相、斎藤実内相(前首相)、渡辺錠太郎教育総監(陸軍)は死亡、鈴木貫太郎侍従長(太平洋戦争終戦時の首相)が重傷と、当時の重臣は軒並みテロに見舞われた。その後の収拾策は迷走したが、結局は3日後の29日に主なメンバーが投降し決着した。

 陸大卒エリート偏重人事

 二・二六事件の背景には、陸軍大学校(陸大)卒業者を優遇したエリート偏重の人事があったことが指摘されている。陸軍士官学校(陸士、現在の高校・大学年代に相当)を卒業した少・中尉の中から、とりわけ優秀な士官がエリートコースの陸大に挑む。通常3年程度の勉強をしなければ合格できないといわれ、東条英機首相(太平洋開戦時)は4年目で合格した。クーデター組は陸士止まりのメンバーが多かった。藤井氏は「昭和期の大将56人のうち非陸大は4人で、そのうち3人は技術系だった」と話す。一方クーデターに参加した中で陸大合格者は1人。しかも革新運動にのめり込み過ぎて放校・免官されていた。

 藤井氏はクーデター中心メンバーの1人、安藤輝三大尉(1905~36年)がそのまま陸軍人生を歩んだと仮定した場合をシミュレーションした。戦場での勲功がないと、安藤大尉が少佐に昇進できるのは1944年。大佐までは昇任できずに定年を迎えた可能性が高いという。東京勤務で、格差の広がる社会を目の当たりにしても、組織内から社会を改革する立場にまで進級するのは不可能だったわけだ。

 陸士、語学と理数系に重点

 「陸軍幼年学校(13~15歳から選抜し3年間)や陸士では語学と理数系教育に重点を置いていた」(藤井氏)。幼年学校は数学が満点ならば他の科目が落第でも合格させ、選択科目として独・仏・露語も教えていた。音楽の授業では選択した外国語の国歌が斉唱できるまで指導し、図画を重視するなど情操教育にも時間を割いていたという。

 陸士は最初の予科2年間のカリキュラムに外国語(英独仏露中)24%、自然科学(物理・化学・地学・地理)21%、数学19%と割り振った。藤井氏は「日本史は2%にすぎず西洋史の4%の方が多かった」と指摘する。二・二六事件に参加した陸士出身者の中で、砲兵科2人・工兵科1人・航空科1人は、現在ならば完全な理数系だ。多数を占める歩兵科も「歩幅75センチ、1分間に114歩と進行距離を計算し、測量も必要だから三角関数とは一生縁が切れなかった」と藤井氏。

 各国が軍事力と経済力を組み合わせる「総力戦」への対応を進める中で、日本も国際的視野を持った将校を養成しようとしていたのだろう。クーデターに参加したメンバーは、陸士時代は目立たない生真面目な生徒が多かったといわれる。

 陸軍内の革新派は憲兵隊などに動向を把握されていた。全国各地に分散させておけば無難だが、陸軍は3・8・11月と年3回の人事異動があり、何年か経過すれば東京に戻ってきた。まとめておいた方がチェックしやすいとの考えも一部あったようだ。

 革新派将校の多い第1師団は36年春に満州(中国東北部)に移駐する計画の内示を受けた。それが、クーデター組を行動に踏み切らせたとの見方もある。内示を受けた側は東京から厄介払いされると受け取ったからだ。実は第1師団は日露戦争以後に海外に派遣されたことがなく、ローテーションの一環という面が大きかった。何度も海外派遣される師団があったことから、不公平感を払拭するためにも今回は第1師団の番というわけだ。クーデター組にとっては36年3月末までに決起するかどうかの決断を迫られた。

 機関銃や弾薬などを搬出したのは25日午後11時頃とされている。26日早朝に攻撃を開始し、午前5時前後には予定の作戦をほぼ達成した。

 (松本治人)

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