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50代ホテルマンがIT企業に転職 暗黙知の形式知化で 社会情報大学院大学教授 田原祐子

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 「人生100年時代」という言葉が、よく聞かれるようになった。

 ミドル・シニアのなかには、やっと会社員生活とおさらばできると思っていたのに、スゴロクのあがりならぬ、人生の「あがり」を見失ったような気持ちにさえなってしまう人もいるだろう。その上、国を挙げてDX(デジタルトランスフォーメーション)の必要性が叫ばれ、ITリテラシーに自信のない‘昭和な上司’にとっては、居心地はすこぶる悪い。その一方で、中高年の57.3%が、「定年後、今の職場での再雇用を希望」している(※1)。同じ仕事で収入が半減することには理不尽さを感じてはいるものの、他の業種にキャリアチェンジする勇気はない。

 そんなミドル・シニアの不安を解決するヒントがある。それは、「暗黙知の形式知化」だ。

 退職後に気づいた準備不足

 ミドル・シニアの強みは、長年仕事で培ってきた、ノウハウやナレッジ、専門性などの「暗黙知」(目に見えず言語化できない知)だ。

 難しい商談でのさじ加減や、リスクテイクの判断軸、取引先とのこじれたトラブル解決など、これまでの仕事人生で、難題を乗り越えた暗黙知は、かけがえないミドル・シニアの財産なのだ。若手社員たちにはITリテラシーはあっても、実践や経験の絶対量は、ミドル・シニアには到底かなわない。   

 しかし、自身にどのような暗黙知があるかを意識して仕事をしている人は、決して多くはない。パーソル総合研究所の定年前後にわたる調査(※1)では、多くの中高年は、定年後にはじめて、「仕事の専門性を高める重要性を認識した」と指摘する。定年前から、暗黙知を意識して可視化し、専門性を高め、ノウハウを蓄積していく必要がある。

 逆にいえば、蓄積した暗黙知を「形式知」(目に見え、言語化できる知)として示せれば、社内での昇進はもとより、他社・他業種への転職の可能性も広がっていく。

 では、あなたの暗黙知は、どのように形式知化されるのか?

 暗黙知の3つの視点専門知識(What)、実践スキル(How)、コンピテンシー(Who)

 あるホテルのマネジャーから転職した、田中氏(仮名、50代)のケースを紹介しよう。

 田中氏のキャリアは、ある地方都市のシティーホテルからスタートした。入社後は、レセプションから客室係までひと通り経験を積み、やがてリーダーに抜てきされる。その後、いくつかのホテルに転職した後、東京都内のホテルのマネジャーに就いた。

 しかし、コロナ禍でホテル需要の落ち込みを経験した田中氏は、異業種のIT企業のマネジャーとして転職した。まったく経験ない業界への転職など無理だと思う人も多いだろうが、彼は「ホテルも今のIT企業も、自分が発揮しているスキルや仕事の本質は、ほぼ同じだ」と言う。ホテル業界で積み上げた“暗黙知”を転職後のIT企業に活用しているのだ

 暗黙知を仕事上の、専門知識・実践スキル・コンピテンシーの3つの視点から分析しよう。

 

<3つの視点で分析した、田中氏の暗黙知>

 

 田中氏の3つの暗黙知の中で、ホテル業界の専門知識は、IT企業では活用できない。一方、実践スキルは、ホテルもIT企業も、人材のマネジメント・社内リソース配分・年間事業計画のスケジューリング、実績管理能力などが求められ、業界は違っても、ある程度活用できる。これらは、「ポータブルスキル」とも言われ、他業種・他職種に転職しても、発揮できるスキルの一つだ。

 また、企業が中高年の中途採用時に重視する項目において、第1位は「人柄」(65.0%)であり、コンピテンシーは専門知識など他の項目より重視されている。(※2)

 異業種・異職種への転職後の適応感 約8割が「うまくいった」と回答

 さらに、中高年ホワイトカラーの中途採用実態調査では、異業種・異職種への転職(キャリアチェンジ)者数は、同業種・同職種への転職者数の2倍以上にのぼり異業種・異職種への転職者の適応感について、8割以上が「うまくいった」と答えている(※3)。この割合は、現状維持でキャリアスライドする同業種・同職種への適応感と、ほとんど変わりがない。

 また、異業種・異職種での仕事に必要な、新たな分野の知識習得については、企業が用意した社内研修などで補完しており、業務遂行の大きな障壁にはなっていない。

 田中氏にどうやってITの知識を身につけたかたずねたところ、「この業界では、自分は新人だから、マネジャーという立場の上から目線でなく、若い人たちと同じ目線に下がって率直に質問し、教えてもらった」のだという。そうした田中氏の腰の低い態度が、転職先で好感を呼び、その後の仕事のやり易さや、人間関係構築にも役立ったそうだ。

 

 

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