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藤井聡太四冠を生んだ「指さなかった手」の蓄積 谷川浩司九段に聞く

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 19歳の藤井聡太三冠が4連勝で竜王位を奪取し、将棋界の若き第一人者が誕生した。10代の四冠は初めてで、棋界の8タイトルのうち半分をとったことになる。中学生でデビューしてから数々の記録を塗り替えてきた藤井氏に、新しい棋歴が加わった。その藤井氏でも、なかなか新記録は厳しいとされる史上最年少の21歳で名人を獲得した谷川浩司九段(十七世名人)は、少年時代から藤井氏に注目し5月に「藤井聡太論」(講談社)を出版した。将棋本としては異例のヒット作となっている。藤井氏が四冠を達成した要因について、谷川氏は「この6カ月間で水面下のデータを蓄積・駆使しさらに大きく成長した」と分析している。

   竜王は最高峰のタイトルで、同時期における最強の棋士である証明ともなっている。かつて19歳の羽生善治六段(現九段)も初タイトルとして竜王を獲得し、棋界の覇者としてのキャリアを重ねていった。今期は藤井四冠の作戦が精緻を極め、序中盤からリードする展開も目立ったという。藤井氏はこれでタイトル戦は昨年から6戦全勝。王将戦挑戦者決定リーグでもトップを走っており、早ければ19日にも王将戦での五冠へのタイトル挑戦が決まる。今期は54年間破られなかった中原誠五段(十六世名人)の持つ年間勝率8割5分5厘の記録を塗り替える可能性もある。

 今年度スタート時点の将棋界は、渡辺明三冠(名人、王将、棋王)、豊島将之二冠(竜王、叡王)、藤井二冠(王位・棋聖)、永瀬拓矢王座の「四強」が立ち並ぶ戦国時代だった。しかし藤井氏が6月からの棋聖(対渡辺名人)、王位(対豊島前竜王)、叡王(同)、竜王(同)戦と連勝したことで棋界の勢力図は一変した。それまで藤井氏が大の苦手としていた豊島氏に勝てたことが、決定打となった。

 AI駆使してもじっくり考える

 谷川氏は「トップ棋士との連戦、とりわけ2日制(王位、竜王戦。持ち時間は各8時間)のタイトル戦を経験したことが藤井さんの一層の成長を促した」と話す。人工知能(AI)ソフトを活用することは将棋界で常態化している。若手棋士の中には、局面によってはAIの判断を信じスラスラ指し進めるケースも増えている。しかし藤井四冠は序盤からじっくり時間を使って考えているという。

 谷川氏は「藤井さんが実際に指した手は、その瞬間から共通のデータとして、ライバルでもあるプロ棋士仲間に伝わる。しかし考えた末に採用しなかった指し手や内容は、藤井さん一人のものだ。水面下のデータベースが藤井さんの飛躍に生きている」と分析する。

 混沌とした局面での読みの正確さ

 藤井氏のタイトル戦でターニングポイントとなった勝負に、谷川氏は棋聖戦第2局と王位戦第2局を挙げる。棋聖戦第2局は渡辺名人の作戦があたり、形勢もまずまず・堅い自陣・豊富な持ち時間と「渡辺氏勝ち」の典型的なパターンだったが、最後は藤井氏勝利。王位戦も初戦は豊島氏快勝、第2局も豊島氏優勢だったが最後は藤井氏が逆転勝ち。谷川氏は「苦しい局面でも相手に決め手を与えず、対戦相手にプレッシャーを与え続けた」と解説する。簡単に勝たせないという戦術は、昭和の大名人・大山康晴十五世名人の得意ワザだった。盤外戦術も駆使し、負けた相手は「催眠術を使われている」とまでボヤいたという。ただ大山名人は相手の表情や様子を観察しつつ、粘り方を変えていた。藤井氏は盤面だけに集中しているという。

 さらに序盤からミスの少ない棋風ながら、時にプロ棋士の常識を越えた一手を、迷いなく決断できる点が躍進を後押ししている。谷川氏は「将棋には常識外の手が最善手となることがあり、トップレベルの拮抗した将棋ではそういう手が生まれやすい。そういうところを見逃さないのが大事だ」と強調する。

 

 

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