実践・営業デジタルシフト

デジタルシフトで企業改革を加速するJTB グローバルインサイト合同会社代表 水嶋玲以仁

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 新型コロナウイルスの影響で、世界的にビジネスプロセスや事業のあり方が大きく変化するなか、営業・マーケティングのデジタルトランスフォーメーション(DX)、すなわち営業デジタルシフトを計画したり、着手したりしている企業が増えています。しかし、期待するだけの効果を得られた企業はほんのひと握り、というのが実情です。この連載では書籍『実践・営業デジタルシフト』(日本経済新聞出版)をもとに、デジタルシフトへの課題は何か、それをどう解決すればよいのか、事例をもとに解説します。今回はJTBの事例を紹介、デジタルシフトが企業の改革につながることがわかります。

 JTB は国内最大手の旅行会社。2021年4月1日より事業戦略の3つの柱を推進する組織として「ツーリズム事業本部」「地域ソリューション事業部」「ビジネスソリューション事業本部」、各事業本部と連動して各国・各地域の事業推進を担う「グローバル統括本部」、JTBグループ横断のコーポレート機能群として「事業基盤」が発足しました。新たな事業戦略の目的を達成するために、人財育成とデータ活用、プロセス改革を一体となって実施しています。本ケースでは、ビジネスソリューション事業本部を中心に取り上げ、新組織体制の目的と営業デジタルシフトのビジョンおよび長期戦略を紹介するほか、デジタルマーケティング、インサイドセールス、営業プロセス改革、人財育成プログラム構築などについて解説します。

コロナ禍以前に始まっていた デジタル基盤の構築

 1912年にジャパン・ツーリスト・ビューローが創立されて以来、ツーリズム事業を中心とした営業活動を展開しながら、109年かけて、対象となるビジネス領域を広げてきたJTB。近年はインバウンド市場の拡大に伴い、自治体やDMO(観光地域づくり法人)だけでなく、様々な業種の企業が観光分野に関わるようになることで、JTBが展開している交流創造事業も同心円のような広がりを見せている。

 しかし、全世界的に多くの産業に甚大な被害を与えたコロナ禍は、観光産業に対しても大きなインパクトをもたらすことになった。

 そうした未曾有(みぞう)の危機に直面したJTB は、「『新』交流時代を切り拓(ひら)く」という経営ビジョンを掲げ、デジタルトランスフォーメーション(DX)を推し進めるべく、2021年2月、組織再編を発表。再編の狙いについては、後掲の大塚雅樹氏(取締役常務執行役員 ビジネスソリューション事業本部長)のコメント、及び本章の後半を参照してもらいたいが、まずは本書のテーマである「営業デジタルシフト」について、これまでのJTBの取り組みを紹介する。

 JTBの法人営業のデジタル化について言及するには、2009年の分社化時代までさかのぼる必要がある。その頃、営業個所で営業課長を担務していた矢野晶氏(ビジネスソリューション事業本部マーケティングチームマネジャー)は、当時の状況を次のように語る。

 「私が営業課長だった2009年、すでに営業支援システムは導入されていたのですが、各社にストックされた情報が積極的に活用されることはなく、分断化されており、団体旅行の手配書も手書きという状況でした。そうした中で発生したのが、2011年の東日本大震災です。甚大な被害を受けた営業個所の手配書は水没によって失われ、デジタルデータの救出も困難な状況に見舞われてしまいました。

 その後、法人営業において、グループ全体のデータ連携と業務のデジタル化は急務という認識が一層広がり、2014年、社内のデジタル基盤構築に着手することになったのです。具体的には、セールスフォース・ドットコム社のクラウドサービス上へCRM基盤を構築し、法人営業に関わる業務集約とデジタル化の推進を図ってきました。

 さらに、2019年6月には、お客様の購買プロセスの変化を踏まえ、これまでの対面形式のリアル営業を主軸とした営業スタイルにデジタルを融合させるため、デジタルマーケティングの基盤構築(マーケティングオートメーション導入)に取り掛かったという流れになります」

社内外で生まれた「新しい」コミュニケーションの形

 コロナ禍以前の2014年頃から、すでにデジタルシフトに挑戦していたJTBだが、コロナ禍がその流れをいやが上にも加速させたことは想像に難くない。法人営業の現場に及ぼした影響について、金井大三氏(事業推進担当部長)に伺った。

 「コロナ禍をきっかけにして起こった変化として一番大きかったのは、やはり人の移動が制限されてしまったことによるインパクトです。ツーリズムはもちろんのこと、人の移動を伴うイベントを主戦場としていたMICE(Meeting、Incentive、Convention・Conference、Exhibition)関連についても、2020年の春以降、リアルの場に人が集まるイベントや展示会は軒並み開催中止・延期が決定。これまでは、リアル開催が当たり前だった表彰式やキックオフイベント、株主総会についても、オンライン開催を模索せざるを得ない状況に直面したということです。

 弊社としても、お客様のニーズに対応するため、オンラインイベントの取り扱いや、演出面の工夫を凝らしたバーチャルイベント、感染対策を施したリアルイベント、あるいは、それらを効果的に組み合わせたハイブリッドイベントなど、ニューノーマルに最適なMICEソリューションの強化を、急ピッチで進めていきました。

 どういった組み合わせがベストなのか、もっと効果的なソリューションはないのかといった課題が浮き彫りになったのも事実ですが、オンライン化、デジタル化は、様々な施策の効果測定や分析を容易にするという利点があります。数値化されたデータに基づいた、提供ソリューションの高度化を進めることができれば、よりお客様のニーズに合致したソリューションの創出が可能になると考えています」

 また、黒崎秀将氏(事業推進担当部長)によれば、以前は積極的に行っていなかったウェブ上のプラットフォームを活用したオンラインイベントを実施したところ、千人単位の集客に成功するなど、徐々にではあるが、成功事例も蓄積されているという。

 「私たちがこれまで得意としてきたビジネスモデルの課題は、フロー型であるということです。つまり、人が動かないと、ツーリズムも止まり、イベントも止まる。血流が完全に止められてしまうのです。ここは大いに反省すべき点で、ストック型のビジネスを持っておかないと、この先、また同じようなことが起きたときに、対応できなくなってしまうのではないかという危機感を感じました。

 そのような環境下で、チャレンジとして始めた一例として、動画セミナーを中心としたウェブ上のプラットフォームがあります。当初はどこまでニーズがあるか半信半疑ではありましたが、有料イベントでありながら数百人規模の集客に成功するビジネスセミナーなど、成功事例も出始めています。

 また、イベントや展示会をオンライン上で実施することは、データを蓄積するという点でも、大きな意味があります。データを分析、活用することによって、お客様に対して新たな価値提供を実現できると考えています。まだチャレンジの段階ではありますが、ミーティング&イベント(M&E、※1)領域でストック型のビジネスモデルを作っていきたいと考えています」

 さらに、イベントや展示会がオンラインに切り替わると同時に、その土台となる営業個所でのコミュニケーションのデジタル化も一気に進行することになったと、八田孝久氏(マーケティング推進担当マネージャー)は語る。

 「お客様と直接お会いしてのコミュニケーションが難しくなったため、デジタルツールを活用したお客様とのコミュニケーションが飛躍的に増加しています。対面形式での営業スタイルが中心だった弊社にとっては、BPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)の観点における営業工数の効率化も大きな課題でした。コロナ禍が経営に与えたインパクトは決して小さいものではありませんでしたが、これまでの営業スタイルを一気に変えていけるチャンスだとも捉えています。

 また、金井がコメントしたように、リアルでのイベントや展示会が実施できなくなった一方で、オンラインセミナーのニーズが高まったのも事実です。さらに、リモートワークが増えたことも影響しているのか、デジタルコンテンツへのお客様からの反響も大きく、弊社の法人ウェブサイトからのお役立ち情報(ホワイトペーパー) のダウンロード数も劇的に増加しています」

 八田氏は、2014年4月から始まったCRM 基盤導入にも関与しているが、デジタル化は社内的なコミュニケーションの円滑化にも寄与しているという。

 「このコロナ禍でも、しっかりとセールスフォースを活用し、日々の業務リポートを入力する習慣が身についている営業個所は、メンバー間のコミュニケーションが確立しているので、在宅勤務でも、円滑に業務が遂行しています」

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