実践・営業デジタルシフト

ソフトバンクの成長戦略 企業や社会のDXを推進 グローバルインサイト合同会社代表 水嶋玲以仁

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非対面での販売チャネルはBtoCから始まった

 上野氏自身は、役員の藤長 国浩氏からのオファーで法人マーケティング本部 本部長に就任することになったのだが、実は以前から営業のデジタル化に可能性を感じていた。

 「非対面での販売チャネルという観点でいえば、EC市場の普及からもわかるように、BtoBよりもBtoCの領域が先行しています。その理由にはいくつかありますが、ネットワーク、PCやモバイルといったデバイスが高度化し、セキュリティー機能の強化、プライパシー等にかかわる法整備が進んだことが大きいのではないでしょうか。

 では、なぜ、BtoBでは非対面の営業が普及するのに時間がかかったかといえば、複数の意思決定者が承認するというプロセスを経て、サービスやモノを購入する商習慣があったからです。

 ただ、デジタル技術の進化やリモートワークが普及したことに加え、コロナでウェブ会議やリモートでの商談が急激に増えたことで、BtoBの領域でも、非対面営業の普及に追い風が吹き始めています。

 また、デジタル化は顧客メリットも大きい。エンタープライズとSMBの両方に対して、受注後のアフターフォローや新規の提案をしっかりと行う必要があります。インサイドセールス、マーケティング、フィールドセールスが連携し、これまで以上に十全なフォローやご提案をすることで、『ソフトバンクさんにお願いしたい』と指名していただけるケースを増やしていきたい」(上野氏)

あらゆる手段を使って、認知度を上げる

 しかし、インサイドセールスの部門が発足した当初、「インサイドセールス」の認知度は極めて低い状態だった。他部門はもちろんのこと、部内においても「インサイドセールスとはなんぞや」と、頭にハテナマークがついているメンバーが多数いたため、国内外での事業者へのヒアリングやeラーニング等で最先端のBtoBマーケティングを学べる仕組みを導入しながら、他部門に対しても積極的に働きかけを続けたという。

 「一番つらいのは無関心でした。そのため、あらゆる手段、あらる機会を使って『インサイドセールス』『デジタルマーケティング』という言葉を発信していきました。たとえば、私たちのレポートラインである常務が使用する資料にインサイドセールスの成功例を加えてもらったり、経営会議で直販営業と協業した案件を紹介したり、社内向けの動画メディア『BizTV』でデジタルマーケティングについて取り上げたりと、とにかく埋没しないように、自分たちの取り組みの認知度を高め、共に取り組んでもらうためのアクションを続けました」(上野氏)

 最初は、直販営業から「勝手にメールを送られると困る」といった反応もあったというが、地道な活動が実を結び、今では、メールマーケティングで使用可能なアローリストは数十万件程度にまで増加しているという。

 また、2年間で7回の組織変更を行っていることからも本気度が窺(うかが)える。デジタルシフトにおいては、教科書どおりの「正解」はなく、最終的には組織の状況等から、ハンドメイドで確立するしかないからだ。

 「自分たちの求めるデジタルマーケティングの姿、インサイドセールスの姿を常にアップデートしていきながら、所属するメンバーに腹落ちするように、今、私たちに必要な機能は何か、足りないものは何かを問いかけ、組織変更のたびに、目的、意図を繰り返し説明してきました」(上野氏)

トップセールス自ら「インサイドセールス」を行う

 上野氏が言う「あらゆる手段」というのは、人員に関しても例外ではない。社外からデジタル分野に知見のある人材を採用するだけでなく、コンサルティング会社と契約を結んでワークショップなどを行うことで、社内人材の育成にも力を入れている。

 さらに、インサイドセールスの部門発足後、トップセールスだった原田氏を呼び寄せた。「インサイドセールスの存在価値、あるいはマーケティングの意味、役割を直販営業側の視点で感じ取り、何をどう変えていくべきかを把握した上で、部内外との連携を図る」という難しいミッションをやり遂げるには、営業での経験、とりわけトップセールスの力が必要だと考えたからだ。

 「原田さんが加入することで、それまでは従来型のコールセンター、カスタマーセンターだと思われていたインサイドセールスに対する、直販営業の意識が変わった」と上野氏は語るが、当の原田氏はデジタルシフトについて、どのように考えているのだろうか。

 「営業ツールのデジタル化は、10年ほど前から始まっています。たとえば、2009年のiPhone 3GS販売当時、私は前線で営業をしていましたが、すでにモバイルを使ってメールのやりとりをしていました。iPadが出たタイミングで、提案資料のデジタル化も一気に進みましたね。それまでは紙の提案書を印刷して客先に持参していたのですが、iPadにデータを入れ、先方に説明した後、帰り際に先方にメールで送るようになりました。2011年からは、提案書の印刷は行っていません。その後も、ソフトバンクが販売するグーグルやマイクロソフトのサービスを自分たちでも使うなど、お客様とのコミュニケーションのデジタル化も積極的に行っていきました。会社全体としても、AI やRPA を活用して業務効率化を目指す『デジタルワーカー4000プロジェクト』という取り組みが現在社内で進行中です。そうしたベースがあった上で、2018年に新部門を創設し、これまであったコールセンター機能を含めてインサイドセールスという形に統合していきました」

 デジタルツールの使用実績や知見はあったとはいえ、トップセールスから一転、新部門に異動した原田氏は、直販営業出身という強みを武器に、実績づくりに奔走したという。

 「上野さんが言うように、興味を示してもらえないところからのスタートでした。そもそも直販営業がインサイドセールスの必要性を感じていませんでしたから。そのため、なんとしても実績をつくる必要があると考え、必要があれば率先して直販営業と交渉しました。たとえば、昔の部下に『異論があるのはわかるが、まずはやってくれないか』と話したり、『◯◯さん、なんとかお願いしますよ』と先輩社員に頼んだりと、営業出身であることをフルに活用して、協力してくれる人を一人ひとり口説きながら、小さくてもいいからスタートさせていきましたね。

 また、メンバーの意識変革も推進しました。2018年の10月から年末にかけては、会議の中で、パイプラインをトラッキングしました。一方で、60人以上いるメンバー全員と1on1ミーティングを重ねて、細かくケアしたり、フォローしたりしていくことで、何をどうやっていくかという共通認識が徐々に生まれていったという感じです。

 営業の生産性を縦が質で横が量の面積とすると、いきなり質を上げるのは難しい。まずは横軸の量をやっていくしかない。そして、同時並行的にデジタルマーケティングの理解を深め、成功事例を共有しながら、質を上げるというアプローチを意識しました。まだ道半ばではありますが、フィールドセールス、インサイドセールス、デジタルマーケティングの人間が全員、共通言語を獲得しなければ、完成することはありません」

日本企業では珍しい「セールス・イネーブルメント」とは

 上野氏、原田氏が率いる法人マーケティング本部の活動を後押しするため、2020年4月に新設されたのが、セールス・イネーブルメント課だ。カスタマーエンゲージメント部 部長の西村 利枝氏は、自らの活動を次のように語る。

 「インサイドセールス統括部傘下には、インサイドセールス第2営業部と、私が所属しているカスタマーエンゲージメント部があります。後者の中にあるのが、セールス・イネーブルメント課です。2021年2月時点では、本務2名、兼務2名の4名体制です。

 通常の人事が行う研修は社会人としてのマナーやスキルが中心になりますが、セールス・イネーブルメント課の役割は、営業、とくにインサイドセールスという観点から人材を育成していくことになります。営業に必要な社会人としてのマナーも扱いますが、プロダクトスキルだけでなく、営業が使うテンプレートや、トークスクリプトの作成といった、通常の研修部門からすると領域外のことも連携しながら作成しています」

 上野氏や原田氏が、「これはセールス・イネーブルメントの仕事だ」という形で、権限と責任を委譲したことで、新設された部署でも周囲からの理解を得ることができ、短期間にさまざまなプログラムを構築することができたという。

 その1つが、寺子屋だ。通常のプログラムだけでは習得が難しい領域、たとえば、「お客様の問い合わせに対して、どのように対応すればうまくいくか」といった部分に関して、ノウハウをもったメンバーが講師として登壇することもあり、満足度調査では受講者の9割が「満足」と回答しているそうだ。また、部署のメンバーが持ち回りで記事を発信していく「インサイドセールスのわ!」という取り組みも開始した。

 さらに、西村氏は業務改革課も兼務しているため、ただ単純にトレーニングプログラムを構築するだけでなく、CRMのリニューアルや、お客様向けシステムのUI、UXの改善にも取り組んでいる。また、インサイドセールス第2営業部 部長の杉本氏たちと週に1回会議を行い、営業部門と緊密にコミュニケーションを取りながら進めているというのは特筆すべきポイントだろう。

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