90日で成果をだすDX入門

DXに近道なし 事業再定義し顧客体験の追求を Kaizen Platform CEO 須藤 憲司

記事保存

日経BizGate会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。

「良い顧客体験」を、どう捉えるか

 たとえば、グルメ口コミサイトを想像してみてください。メニュー写真と実物がかけ離れていて、「騙(だま)された!」と感じたら、その感想を書きたくなる人が出てきます。飲食店は、自分たちが設計した顧客体験がすぐさま晒(さら)され、低評価のレビューがついてしまいます。食品メーカーの異物混入事件が起きた際、SNSに実物の写真が添付されて投稿されました。電話対応のやり取りも録音されていれば、ユーザーはときに公開も辞さないでしょう。

 そういった世の中において商売をしようと思うなら、真摯に取り組むべきことは一つです。良い体験を提供し続けるしかありません。これも、デジタルが起こした変化のひとつであり、我々はID戦略の在り方そのものについて考え直す必要があるのです。

「所有」から「利用」、「利用」から「体験」に価値が移る

 企業が体験を提供するようになると、さらに経営は難しくなります。たとえば、飲食店の従業員がテーブルの上で不適切な行為をしたことが、ネットを通じて発覚した場合(「バイトテロ」という言葉も生まれました)には、どれほど味が良くとも、そのようなお店で食事(という体験)をしたくないと感じるユーザー心理が働き、経営判断として結果的に店を閉じざるを得なくなることがあります。

 ここでは、飲食店ならば提供する「食べ物」というモノの所有権の移動や、それを提供する「利用」から、その場で食事をする「体験」に価値が移行していったとみることができます。

 飲食店も含め、これまでは「モノ」を売り、金銭の授受を経て、手渡しさえすれば商取引は完了してきたかもしれません。ところが、現在は「またお客様に来てもらうためには、どうしたらいいか」を考えると、良い体験を提供することに尽きます。

 モノがあふれる時代ともいわれますが、今後も「モノを売る」ビジネスそのものはなくならないでしょう。ただ、商売にとっては「選ばれ続ける」ことが、より重要です。利便性、立地、商品の品質、価格など要素単体だけでなく、それらを総合した「体験」で選ばれる時代になってきたわけです。

デジタルで進む「アンバンドル」

 さらに、デジタルの潮流で起きている実例も、ここでは重ね合わせられます。中国IT企業の巨人であるアリババグループの傘下に、ネット出前サービスの「餓了麼(アーラマ)」があります。日本でも展開している「Uber Eats」や「出前館」などのサービスと近しいイメージです。

 アーラマのすごいところのひとつは、配送料が圧倒的に安価であり、日本円で30 円程度ということです。自宅から30分圏内の美味(おい)しい食事が簡単に食べられるので、近隣のコンビニエンスストアではお弁当の売上が落ちたり、食事スペースがないレストランが登場するなどしています。

 ここでアーラマが起こした変化は「自宅や職場の座席にいながらにして、美味しい食事ができる」だけではありません。彼らが起こしたバリューチェーンのアンバンドルにこそ、すごさをみることができます。アンバンドルとは「切り離す」という意味から派生し、それまで一括で販売・契約していた製品やサービスを、より細かく分割し、それぞれ個別に購入・契約できることを指します。

 飲食店においては、店舗を訪れ、メニューから品物を選び、食事をして、会計をするというバリューチェーンが一括したセットになっていました。ところが、アーラマのようなフードデリバリーが発達すると、顧客は店舗へ行かず、スマートフォンアプリから品物を選びます。

 注文品が店舗で作られると、飲食店の店員以外がそれを運び、会計はデジタル上で支払われる。つまり、座席やホールスタッフやレジなどは要らず、キッチンだけで飲食店経営ができるのです。アンバンドルの好例といえるでしょう。

 こういったデジタルの潮流にある環境下で、私たちは何を体験として提供できるのか、優れた体験とは何かを、より深く考えなければならなくなっているともいえます。そこで考えるべきポイントは、「自分たちは何屋なのか」を再定義することです。この観点には、DXを推進する上でのとても大きなチャンスが潜んでいます。

提供できる価値から本業をみつめ直す

 たとえば、現在、ホテル業を営んでいるとしましょう。これまでは宿泊場所を提供するのが仕事だったかもしれません。ところが、友人たちと遅くまでお酒を飲んで、家に帰るのが面倒だと感じる人に向けて、「体の疲れをセーブできる体験」を提供するカプセルホテルがある。あるいは、来店客のスマートフォンを預かり、全くデジタルに触れさせない「デジタルデトックス」な癒やしの一日を提供することに価値を置くホテルがあってもいい。

 つまり、同じホテル業だとしても、その価値は全く異なるわけです。だからこそ、価値と体験は密接なものとして働くことを意識しましょう。自分たちの提供価値を研ぎ澄ませ、どういった体験を提供したらいいのかを考えるのです。

 これまでモノの所有に最大の価値があったとすれば、今のようにモノがあふれてしまうと、そのあり様も変わります。戦後から高度経済成長期には、電気洗濯機、真空掃除機、電気冷蔵庫、あるいはカラーテレビ、クーラー、自動車を指して「三種の神器」を揃(そろ)えることが理想に掲げられた時代もありました。それこそが人々が豊かさを感じられる証しだったのです。言い換えると、豊かさはモノの所有で測れたといえます。

 では、モノがコモディティになった後で、豊かさは何で測られてきたのでしょうか。私は、日産自動車の有名なコピーライティングである「モノより思い出。」に表れたように、所有そのものから乗ってどこへ行くか、というコトにシフトし、「利用」に価値が移転したのだと思います。

 ところが、今度はその価値すらも、ありふれてきてしまった。だからこそ、自動車メーカーは現在、自らを「モビリティサービス」として利用から体験そのものを再定義し、人々に自動車がどのように寄り添えるのかを考え始めています。その流れから、Uberやライドシェアサービスが生まれたのは必然だったはずです。

閲覧履歴

    クリッピングした記事

    会員登録後、気になる記事をクリッピングできます。