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コロナ禍、渋沢栄一ならどう対処したか

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 緊急事態宣言の早期解除が見送られ、日本経済の先行き不透明感はますます強まっている。とりわけ昨年からの打撃から回復できていない飲食・旅行業などへの影響は深刻で、景気の二番底への懸念も高まりつつある。関西大学の木村昌人客員教授は「幕末・維新から明治・大正期にかけ多くの経済・社会的危機に直面した渋沢栄一(1840~1931)のノウハウは現在でも応用できる」と説く。木村教授は近代経済史、グローバル経済などの視点から研究している。渋沢の著者「論語と算盤(そろばん)」には現在のビジネスパーソンに役立つ言葉も少なくないという。

緊急・中長期に分け危機に臨む手法

 政府は12日、10都府県における緊急事態宣言の解除を見送った。新型コロナウイルスの感染者数が大幅に改善された地域については宣言を解除し「まん延防止等重点措置」に移行できるかどうかを模索してきたものの、医療体制が依然ひっ迫していることから継続を決めた。

 木村氏は渋沢のリスク対策のポイントを(1)中長期的視点も含めた計画(2)政府に協力しつつひと味違う民間の支援態勢(3)グローバルな視点など--と指摘する。木村氏は「渋沢が現在生きていれば、直近としての緊急対策、2、3年の中期、20~30年の長期計画に分けて行動しただろう」と話す。

 さらに経済界のリーダーとして、政府への全面協力、人命最優先の方針、支援に必要な資金捻出を明言してブレない姿勢を社会に示したとみる。前例踏襲の傾向が強い「官」にかわって、リスクに挑む企業家精神を引き出せるのは「民」のリーダーだ。渋沢は「官」と協調しつつも付かず離れずで、民間の活力が全面的に発揮できるように、新規事業を数多く生み出し続けた。

特別基金、IT駆使したコロナ特別省、海外専門家招請したウイルス研究所など創設か

 「休業や営業短縮、自宅待機に補填する特別基金を新たに設け、支援する方策を創出したのではないか」と木村氏。民間外交を通じての国際的な協力態勢も目指したはずだと話す。

 木村氏は「中期的にはIT技術を駆使して、医療衛生から福祉教育までを網羅するコロナ特別省を設けたのではないか」と話す。コロナ後の社会インフラ整備を総合的に進展させる組織になる。ピンチはチャンスと考えるのが渋沢の生涯変わらない姿勢だ。渋沢が幕臣の出身ながら明治新政府で頭角を表したのは、民部省で「改正掛」を立ち上げ、財政から社会インフラの整備までさまざまな改革を担当したからだった。度量衡・貨幣制度の統一、近代郵便制度、太陰暦から太陽暦への変更、銀行制度の立ち上げ…と近代社会の基盤を整備した。コロナ対策特別省は令和の改正掛といった位置づけだ。

 「10年以上の長期計画では、海外から専門家を招請したコロナウイルス研究所の設立が予想できる」と木村氏。北里柴三郎とともに「日本結核予防協会」を立ち上げ、副会頭・会頭を歴任し、終生運営にかかわったことがイメージとして重なるとしている。

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