起死回生 ~崖っぷちからの反転攻勢

コロナ禍を事業拡大の好機に テレワークが需要を変える 岡山発 働き方改革支援企業 WORK SMILE LABO

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 会社の経営は山あり谷あり、波乱の連続である。谷底が見えるほどの崖っぷちに立ったとき、経営者はどう考え、どう行動したのか。今回は岡山県から新たな働き方を発信する企業、WORK SMILE LABO(ワークスマイルラボ、岡山市)の石井聖博代表取締役に話を聞いた。

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 新型コロナウイルス感染拡大で多くの業種が経済活動の停滞を強いられるなかで、小規模ながら着実に業績を伸ばしている会社が岡山県にある。社内におけるITツールの導入や、自社で得たオフィス業務の効率化のノウハウを顧客にセットで提供。中小企業の働き方改革支援をビジネスとしているのがワークスマイルラボだ。

 事務機器販売に長年、経営の軸足を置いてきた同社の歴史は古く、今年で創業110年を迎える。2008年の世界的な経済危機で会社の経営が危機に直面。倒産寸前の憂き目にあったが、その後、経営再生に奮闘。従来の事務機器販売の枠を超え、価格競争からの脱却に成功したほか、事務機器・事務用品の単なる物販ビジネスから「新しい働き方」のノウハウ・手法を提案するコンサルティング会社へと変わり身を果たした。

自社オフィスを「見学」の場に

 2016年から新規事業として始めた「ワクスマ」と呼ぶ働き方支援事業は、従業員50人以下の中小企業にターゲットを絞る。中小企業においてはとかく後回しにされそうなオフィスワークの改善や生産性向上といった取り組みだが、自社で培ったノウハウを事務機器やIT(情報技術)ツールとともに導入支援サービスとして売るのがワークスマイルラボのビジネスモデルだ。同社にとって自社オフィスはさながら「ショールーム」そのもの。テレワークを活用した社内を「体験見学会」と銘打ち、顧客を受け入れている。社員の働く様子を顧客に見てもらうことで、新たな働き方を提案。その働き方を実現するためのコンサルティングを行うことが、同社の営業活動の柱になっている。

 2020年春から感染が拡大し始めた新型コロナ。感染防止策による政府・自治体の外出自粛要請を受けて在宅勤務を導入する企業が増え、テレワークが脚光を浴びるようになると同社への引き合いが活発化してきた。テレワークで使うカメラや集音マイクといった「オンライン関連商品」が伸び、導入支援コンサルの売上高も急増した。さらに同社の取り組みは、自社オフィスの見学会の開催を通じて、コロナ禍の職場でテレワークを活用し、働き方改革の機運を高め、新規顧客の獲得につなげた事例として、2020年版「中小企業白書」でとりあげられた。「我々がこれまでに味わった苦い経験からすると、コロナ禍は危機とは呼べません。むしろ働き方改革を推進するためのチャンスだと捉えています」と石井代表。テレワークの需要をとらえ成長をめざす同社だが、これまでの道のりは決して平たんではなかった。倒産寸前ともいえる危機を乗り越えた会社の歴史をひもといておこう。

 ワークスマイルラボの前身は4代目にあたる石井聖博氏の曾祖父が1911年に創業した石井弘文堂。筆や墨、当時としてはまだ珍しかった万年筆などを売る文具屋としてスタートした。その後、時代の流れとともにオフィス家具や事務用品、OA機器などを取り扱うようになり、社名を石井事務機センターに変更。老舗の事務機器屋として岡山県で存在感を示してきた。しかし一方で、事務機器は価格競争の波にさらされやすい商材であり、同社も価格以外で競合他社と差別化することが難しくなっていく。徐々に苦しくなる経営に追い打ちをかけたのが2008年のリーマン・ショック。この余波を受け当時、創業100周年を前にしていた老舗はついにどん底を迎えた。

あと2週間で倒産という危機

 「もう無理だ、お前は別の仕事を探してくれ」――。一営業マンとして働いていた聖博氏は、当時社長だった父からそう告げられた。2009年のことである。「父のひと言があるまで、会社が倒産寸前に追い詰められていることを知りませんでした。曾祖父の代から続いて来た会社。父が長年支えてきた会社。その最後が倒産でいいはずがない。そう思い、意を決して父とともに銀行を訪ねたのです」(聖博氏)。銀行の担当者からは「何か新しいことを始めなければ融資はできない」ときっぱり告げられた。そのとき、聖博氏のカバンの中には、研修先で作成した経営計画書が入っていた。ダメもとでそれを手渡してみると、意外なことに担当者は「本当にやるんですね」と覚悟を聞いてきた。引き返せるはずもなく、「やります」と応えた聖博氏。こうして経営再建計画はスタートを切る。

 だが本当の試練はその翌々年、2011年に訪れる。再建計画がなかなか軌道に乗らない会社の運転資金が底をつき、手形が決済不能という事態に追い込まれた。銀行からはこれ以上の借り入れはできないため、資産を売却することに。手持ちの資産として残っていたのは、田んぼの中にある第二創業地と第三創業地。いずれも農地であり、宅地化することができずに持て余していた。ここを売って銀行に対する融資の返済に当てなければ、会社は倒産する。その期日まであと2週間と迫ったとき、ある建設会社から「資材置き場としてなら使ってもいい」という声がかかる。ただし、明け渡しまでに建物の中を空にして清掃を済ませることが条件として提示された。

 当然ながら業者に頼む余裕はない。協力してくれそうな社員もいなかったため、実弟と二人がかりで汗を流すことになった。「地獄でしたね。電気が通っていないので薄暗く、猛烈に暑かった。俺たちは何をしているんだろう、と思ったことは今でもよく覚えています」と聖博氏は当時を振り返る。努力は報われ、倒産は何とか回避できた。手元に300万円のキャッシュも残った。その300万円も返済に充てるよう求める銀行を何とか説得した聖博氏は、これを元手として現在のワークスマイルラボの源流となる新規事業を立ち上げることに。起死回生の物語の幕が上がった。

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