日経SDGsフォーラム

技術革新 易きになじまず 100年企業の決断、SDGsが背押す

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 イノベーションは決して一人の天才の手だけに委ねられているわけではない。先人から託された伝統の技術の灯をつなぎつつ、革新的な技術の芽を探るために企業は社員の英知をどう結集すべきか。明治末期の殖産興業の時代に生まれたガラスのパイオニアが今、姿を変えつつある。そこにあったのは、「産業と技術革新の基盤をつくろう」とうたったSDGs9番目の目標をそのまま体現したような挑戦だ。

ガラス界の雄 コロナに挑む

 「易(やす)きになじまず難きにつく」。旭硝子(現AGC)創業者の岩崎俊弥はこの言葉に、並々ならぬ決意を込めたことだろう。化学の研究のために留学したロンドンで痛感したのが、ガラスの必要性だった。帰国後に国産化を決断した「門外漢」に、周囲は冷たい視線を送った。俊弥は三菱財閥2代目当主の次男にして創設者である岩崎弥太郎のおいなのに、新会社は「三菱硝子」の名を冠することができなかった。当時の日本の工業技術でガラスを量産化するのは極めて難しいと考えられたからだ。1907年のことである。

 それから100年余り。ガラス世界最大手となった旭硝子はAGCに社名を変えた。ガラスが売上高の大半を占めるにもかかわらず、である。すっかり汎用素材となってしまったガラスに依存していたのでは、いつか居場所を失うという強烈な危機感があったからだ。

 それは「時代遅れ」となった会社の断末魔ではない。希望の芽を少しずつ育てていた。代表例が医薬品原薬の量産を肩代わりする受託製造業のライフサイエンス事業だ。緑内障の治療薬やバイオ医薬の生産で実績を残し、現在では世界中で猛威を振るう新型コロナウイルスのワクチンや治療薬の量産を進めるため、欧米の製薬会社とタッグを組む会社として注目を集めている。1980年代から社員が細々と続けてきた事業を次の大黒柱に育てようと挑む。

 ガラスの会社が「易きになじまず」の精神で再び挑んだのが、人類を襲った災禍への挑戦だったのだ。どうしても古いイメージが拭えない100年企業が示した鮮やかなイノベーションの創生は、米スタンフォード大学の経営学修士号(MBA)の授業でもケーススタディーとして取り上げられた。

 同大学のチャールズ・オライリー教授は、企業がイノベーションを生む条件として提唱する「両利きの経営」を実践した会社としてAGCを紹介している。問われるのは、本業が安定的にキャッシュを生むうちに、いかに将来の事業の柱である「探索事業」を育てられるか。AGCはガラスが健在な間に医療という探索事業のタネに水を与え続けたのだ。

 この決断を後押ししたのがSDGsだった。この先の100年も社会から求められる会社の形とは何か。そのヒントがあった。

(編集委員 杉本貴司)

「イノベーター支える」揺るがぬ使命感――

 当社は2018年に社名を旭硝子からAGCに変更しましたが、社員のマインドセットをガラスだけではない素材と技術を持つ会社だというふうに変えようとの狙いがありました。社会が大きく変化する不確実性の時代では当たり前だったものが当たり前ではなくなる。その中で進むべき道を示す羅針盤はどこにあるのか。
 ほぼ同時期に取り組んだのがSDGsが掲げる169のターゲットと自社の製品を比較する作業でした。やはり持続可能な社会があっての企業です。それを守るために企業は何をできるのかを考えないといけない時代だということです。2年ほどかけて精査し、我々が貢献できる部分を絞り込みました。
 発見は多かった。例えば主力のガラスはすでに汎用的な技術になっていますが、需要はあるのでやめていいわけではありません。それなら我々の役割を変えて省エネ型の生産や機能性の高い製品を追求していこうと考えました。さらに確信したのが、素材や技術を通じてイノベーションを支える存在になるべきだということです。
 ただ、素材メーカーは開発に着手してからモノになるまで10年はかかります。ハズレも多く開発テーマが1000あるとすれば、残るのは3つくらいでしょうか。その意味では効率の良い商売とは言えませんが、我々には必要な素材と技術を提供してイノベーターを支えていくという使命感があります。もしその結果、業績が悪くなるなら、それは単に我々が示す価値が十分ではないということです。
 イノベーションに貢献するのが我々の使命。創業者はそのためにたまたまガラスを選びました。その意味で、当社の挑戦は原点回帰とも言えます。

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