天下人たちのマネジメント術

「菅首相」の先輩? 英無派閥宰相のリーダーシップ 君塚直隆・関東学院大教授に聞く

記事保存

日経BizGate会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。

閣内に「戦時内閣」、徹底した効率性追求

 「徹底した効率性追求も、ロイド=ジョージの特徴だった」と君塚氏は指摘する。1916年、第1次世界大戦時で優柔不断が目立ったアスキス首相に代わり、ロイド=ジョージ内閣が発足した。まず最重要閣僚のみで構成する「閣内戦時内閣」を形成、「内閣府」を新設して部局を統括させ、官僚組織を首相直近の手足として使った。さらに信頼する新聞社社主、実業家、商業統計学者を首相官邸に集め「ブレーン政治」も始めた。君塚氏は「ヒト・モノ・カネを効率よく集め、集中的に投下していく政治手法だった」と統括する。

チャーチルが見せた抜群のコミュニケーション能力

 そしてチャーチル(1874~1965)。第2次世界大戦で連合国側を勝利に導いた偉人も、実は一匹オオカミだった。後世に「20世紀で最も偉大な首相たち」というアンケートで1位を獲得したが、就任(40年5月)の1年前までは、トップに就くことなど誰も予想しなかったという。保守党と自由党を行き来したチャーチルには、ほら吹き、裏切り者、酔っ払いといった悪評がつきまとった。

 チャーチルが持つ武器を「不動の信念と雄弁家だったパーマストン、ロイド=ジョージすら上回る国民とのコミュニケーション能力」とみる。ナチス・ドイツの台頭に最も早く警鐘を鳴らし始め、生涯変わることは無かった。多くの犠牲者を出すことを国民に覚悟させたコミュニケーション能力も例を見ない非凡さだ。「ナチスという巨悪に向かい人類全体に平和を取り戻すという歴史的で普遍的な意思も感じさせた」と君塚氏は話す。

共通する「孤立を恐れない信念」、生涯現役

 この3人に共通するのは戦時中という非常事態の首相であったことだ。一匹オオカミの宰相は時代の転換期にしか現れない。さらに「孤立を恐れない自らの信念を持ち続けた点も共通する」と君塚氏。世論の動向にも、ひと一倍気を遣った。パーマストンとロイド=ジョージは最初から首相を目指していたわけではなかった。ただ手の届く位置に来たときは、獲得するのにためらいは無かった。

 この2人には自分の路線を引き継ぐ後継者らしき人物も見当たらない。後継者とは育てるものではなく、自らなるものというのは、正しいのだろう。唯一、チャーチルにはイーデン外相(後に首相)という後継者がいたが、1930年代末に政界の孤児だったチャーチルを引っ張り出したのは、外相経験を持つ若手リーダーのイーデンだった。あえて言えば2012年の安倍晋三氏と再登板を促した菅氏の関係に近い。

 この3人は世界史に名を刻む業績を上げた後も引退せず、事実上の生涯現役を続けた。パーマストンとチャーチルは第2次政権を組織し、ロイド=ジョージは77歳でチェンバレン内閣を糾弾する歴史的な名演説を行った。「自分が一番うまく世界をリードできるという自信が健康を維持させ、エネルギッシュな毎日を可能にさせたのだろう」と君塚氏。

トップの地位を狙わず覇権国をけん制

 パーマストン、ロイド=ジョージ、チャーチルが目指した目標とは何だったか。君塚氏は「欧州に覇権大国が出現するのを防ぐことが第1の狙いだった。スペイン、フランス、ドイツ…勢力均衡策を繰り返すうちに英国自体が『太陽の没することの無い大帝国』に拡大した」と話す。

 企業経営に例えれば、何が何でも業界トップに向け突き進んだのではなく、自社の経営方針を妨げるような大企業をけん制しているうちに業界首位に手が届いたというわけだ。君塚氏は「パーマストンは『英国人は遠大な計画を追求するのには慣れていない。目の前の課題をひとつひとつ解決するほかは無い』と自国民を戒めていた」と話す。経済活動に制限がかかっているウィズコロナ時代の現在、企業経営に何らかのヒントになるかもしれない。

(松本治人)

閲覧履歴

    クリッピングした記事

    会員登録後、気になる記事をクリッピングできます。