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「菅首相」の先輩? 英無派閥宰相のリーダーシップ 君塚直隆・関東学院大教授に聞く

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 自民党の菅義偉新総裁が、16日の臨時国会で首相に指名され、第1次菅政権をスタートさせる。新型コロナウイルスの収束が見えない状況下で日本の進路を舵取りする「無派閥」首相の誕生だ。総裁選では事前予想通りに圧勝する一方、党内基盤の弱さも囁(ささや)かれている。海外に目を転じると、政党政治の歴史が長い英国では、時代の転換期に無派閥・一匹オオカミの宰相が、優れたリーダーシップを発揮してきたという。19世紀から20世紀の大英帝国を支えたパーマストン、ロイド=ジョージ、チャーチルの3首相について、英国政治外交史の君塚直隆・関東学院大教授に聞いた。

英国の「官僚文化」を改革したパーマストン

 無派閥リーダーの「始祖」ともいえる政治家が、19世紀の「巨人」のひとり、パーマストン英首相(1784~1865)だ。帝国主義時代の欧州でメッテルニヒやナポレオン3世、ビスマルクらとやり合う一方、アヘン戦争(1840年)など「砲艦外交」を展開したことでも知られる。外相歴が長く「英国に永遠の友も敵もいない。永遠にあるのは国益」との名セリフも残っている。

 君塚教授は「パーマストンは特に誰かの党派・派閥に入ることなく一匹オオカミを貫き、70歳で首相の座を獲得した」と指摘する。現在まで破られていない、初就任時における歴代英国首相の最高年齢だ。名門出身では無く「子爵家だが傍流のアイルランド中小貴族だった」と君塚氏。パーマストンは貴族院議員の資格を持たず庶民院から出馬。それも何度か落選し、選挙区を変更したりしてやっと議席を得た。苦労人でもある。

 恩顧関係を持たないパーマストンの武器のひとつを、君塚氏は「徹底した仕事ぶりで英国の官僚たちを使い倒したこと」と指摘する。陸軍事務長官(陸軍予算の議会交渉、恩給、年金を担当する閣外大臣)、外相を歴任する中で、休日返上、ときには泊まり込みで行政の指揮にあたった。

 英国の「ホワイトホール」は、日本の霞が関にあたる官庁街。当時は地主貴族層の次男・3男が縁故で中央官僚に就職するのが通例だったという。「優秀な若者は軍人、聖職、法曹界などに入る。最後の滑り止めといった位置づけの職業で、能力も士気も高くなかった」と君塚氏は分析する。そんな役人側の事情はお構いなしにパーマストンは陣頭指揮をとり仕事を増やし、外務省が作成する文書・データ資料は2倍以上に増えたという。

 パーマストンの特徴は部下に任せっぱなしにせずに何度でもやり直しを要求する熱心さだ。外相退任時は役所から歓声が上がった。しかしその次の内閣ですぐ戻ってきたというエピソードも残っている。君塚氏は「パーマストンは英国の官僚文化や意識を変えたひとり」と評価する。19世紀後半に縁故採用が廃止され、高級官僚に対する採用試験の制度化につながっていった。日本の菅氏も霞が関にはこわもての官房長官で知られていた。官僚組織をハンドリングできることが、無派閥リーダーの第1条件かもしれない。

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