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「信長探し成り上がる」異能派東大生、秀吉型経営者目指す

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 東京大学工学部4年生の矢口太一さん(21)。三重県の県立高校の時にセミの飛翔(ひしょう)の研究で日本学生科学賞総理大臣賞を受賞し、推薦で東大に入学した。実は矢口さんは家庭の経済的な事情で入学金なども自ら調達、親からの仕送りゼロで学生生活を送る。数々の企業家らに自身で働きかけ、研究プロジェクトを立ち上げる。野心的な東大生の素顔に迫った。

 「東大に入学したら、お金持ちの子が多いのでびっくりした」という矢口さん。2018年の東大の学生生活実態調査報告書によると、東大生の親の6割以上が年収950万円以上と同世代の親と比べて断然高い。小学校の頃から塾に通い、中高一貫の私立校出身の学生が多く、難関大進学にはおカネがかかると指摘される。しかし、矢口さんは小中高と塾に通った経験はない。

セミの研究で東大推薦合格

 小学校の5年生の時にセミの研究を始めた。「セミの羽や体重を調べてエクセルでグラフ化すると一定の法則があるのが分かった」。地元の県立伊勢高校に進学して、高校2年生の2015年に日本学生科学賞総理大臣賞を受賞、50万円の副賞も受け取った。16年にはインテル国際学生科学技術フェア日本代表に選ばれ、米アリゾナ州の世界大会に出場した。同校からの東大の現役合格者は年1~2人程度だったが、セミの研究を武器に東大工学部への推薦合格を果たした。

 伊勢高校の真崎俊明校長は、「矢口君の弟もうちの出身で東大に推薦合格した。東大への推薦合格はハードルが高いが、矢口兄弟の影響で自分も挑戦してみようという生徒も出ており、いい刺激になった」と語る。兄弟で東大に推薦合格するのは極めて珍しいが、矢口さんはその体験を母校の小学校の後輩らにも伝え、以来4人が次々東大に合格するなど地域の教育支援につながっている。,

 「うちは両親も祖父母も大学を出ていなくて、どちらかと言えばスポーツ一家だった」。父親は自転車の選手として活躍、引退後は自転車関連部品の町工場を始めた。ただ資金繰りは大変で経営は安定しなかった。弟や妹もいる。親に一切の面倒をかけず、上京して大学生活を送ることを決めた。副賞の50万円などをベースに自ら資金をかき集め、引っ越し代や入学金を支払った。

高額アルバイトよりも研究

 しかし、上京してもカネはない。東大生になれば、家庭教師や塾講師など比較的高額なアルバイトが可能になる。しかし、矢口さんはその選択はしなかった。セミから派生した飛行ロボット研究などの時間がそがれるからだ。

 そこで考えたのは自身の研究実績を元に企業側から奨学金などの支援を受けることだった。数々の奨学金に応募し、理工系の学生を助成する日揮・実吉奨学会の奨学生になった。運良く16年から孫正義育英財団が立ち上がり、異才支援をスタートした。1期生メンバーに選ばれ、「生活費や研究費にも困らなくなった」という。

 東大には様々な企業家と出会える講演会などイベントの場がある。そこに積極的に参加し、30~40人の企業家と顔見知りになった。「セミの矢口」という名刺を配り回り、「うちの父は技術は一流なのに経営で苦労している。社長さんはなぜ成功したのか、教えてほしい」と何度もかばん持ちをした。最近では新たなプロジェクトを次々提案する。「そんな計画は甘いな」と突き返されることもあるが、「いい勉強になりました」とめげない。

 やっと日の目を見る機会を得た。3年生から東大工学部機械工学科に進み、感性設計という新たな研究領域に取り組む。人々の感性に訴える製品やサービスをデザインするという手法で、ある上場企業の社長に新規のプロジェクトを提案した。「汚れの認識の研究です。顧客が何に対してどのようなプロセスで不快感を認識するのか。仮に過剰に不快感を認識すると、必要以上に中古品の価値を損なう懸念もある。まだ公表できる段階ではないが、社長から面白いと支援してもらっている」という。大学の仲間3~4人とチームを組み研究に取り組む。

 さらに19年には高知県の尾崎正直知事(当時)が東大・駒場キャンパスに講演に来るという情報を聞きつけ、地方創生のための「高知若者会議」という提案をした。「知事は快諾し、矢口さんらと意見交換を始めた」(県東京事務所)。同県のイベントなどにも参加した。いまや人脈は企業家から自治体の首長にまで及ぶ。

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