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ワイガヤ効果に錯覚 仕事を個人に「分けた」ら生産性3倍 同志社大学政策学部教授 太田 肇

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イノベーションの源泉は個人の野心

 もう一つは、目標や報酬の「魅力」が高まることである。

 同じ目標でも独力で達成すると自己効力感や能力感(自分の能力に対する自信)という無形の報酬が得られる。また会社としても、個人の成果や貢献度が明確であれば、それに応じた報酬を与えやすい。いずれにしても自分の分担が明確なほど、報酬の魅力は高まるのが普通だ。

 とくに画期的なイノベーションやブレークスルーにつながるような突出したモチベーションは、大きな夢や目標がなければ生まれない。ちなみにアメリカではシリコンバレーに象徴される活発な起業やイノベーションが1990年代に経済のV字回復をもたらしたが、背景には、ストックオプションなどによる高額報酬や、大企業をスピンアウトして起業する若者たちの野心があったことはよく知られている。

 にもかかわらず、なぜ日本企業ではこれまで仕事を一人ひとりに分けようとしなかったのか。

 そこには私たちがしばしば陥りがちな錯覚がある。

 人間には集団に属したい、人と交わりたいという社会的欲求がある。仲間と一緒に仕事をしていると楽しいし、充実感や満足感が得られる。そしてワイワイガヤガヤ議論すれば互いに触発し合って、よいアイデアが生まれているように感じるものだ。

 しかし主観的な満足と客観的な成果は必ずしも一致しない。社会心理学者の釘原直樹によれば、課題の種類にかかわらずブレーンストーミングのような相互作用集団より名義集団(独立した個人の成果を集めた名目だけの集団)のほうが、アイデア総数だけでなく独創的なアイデアの数も多いことが多くの研究から明らかになっている(釘原直樹『人はなぜ集団になると怠けるのか』中央公論新社、2013年)。

高度な仕事ほど「分ける」ことが必要

 しかも困難な課題、学習されていない新しい課題になるほど集団作業では間違いが多くなり、仕事の質が低下するという(同上書)。これはとくに注目すべき事実だ。以前に比べ高度な知的労働のウエイトが高まっているし、仕事の質がますます重要になっており、この傾向は今後いっそう強まると予想されるからである。

 生産性向上のために、わが国でも一人ひとりの仕事を分けることが必要になっているといえよう。

 幸いにもITなどの技術革新は、それを後押しする。製造や建設の現場でも、オフィスでもかつては数人で行っていた仕事を、いまでは単独でこなせるようになり、しかもその領域は急速に広がりつつある。

 ただ、一方では一人ひとりに仕事を「分ける」ことに対してさまざまな不安や懸念を抱く人がいるのも事実である。次回は、その不安や懸念を取り除いていきたい。

太田肇(おおた・はじめ)
同志社大学政策学部・同大学院総合政策科学研究科教授。神戸大学大学院経営学研究科修了。経済学博士。専門は組織論、とくに「個人を生かす組織」について研究。元日本労務学会副会長。組織学会賞、経営科学文献賞、中小企業研究奨励賞本賞などを受賞。『「承認欲求」の呪縛』(新潮新書)、『「ネコ型」人間の時代』(平凡社新書)、『公務員革命』(ちくま新書)、『「見せかけの勤勉」の正体』(PHP研究所)、『個人尊重の組織論』(中公新書)、近著に『「超」働き方改革』(ちくま新書)など著書多数。

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