天下人たちのマネジメント術

「桐工作」80年 失敗から学ぶ2020対中ビジネス交渉

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 さらに中国側の事情を知るエキスパートにも問題があった。当時「支那通」と呼ばれた中国専門の軍人は「それぞれ特定の軍閥や要人と結びついていたため中国の全体像が見えにくくなった」と戸部氏は分析する。和平工作でさまざまなルートからの情報が錯綜(さくそう)し、統括することができなかったという。

日米両国を両てんびんにかける蒋介石の豪腕

 第3の理由として当時の中国人に対する不信・軽視を戸部氏は挙げる。当時のある大学教授は中国人ついて「空虚に尊大で、自信を与えられると極端に自信力を回復し、憎悪には熱中し、合理的打算に長じ、極端に走ってかえって非合理に堕落し…」といった文章を発表していたという。かつて日本に留学していた蒋介石は士官学校の入学目前に帰国し、中国革命に身を投じた。「陸軍将校の中には、入学しなかった蒋介石の軍事的能力を蔑視する偏見があった」と戸部氏はいう。

 その蒋介石は、敵対する日米を外交的に両てんびんにかける豪腕なしたたかさを備えていた。日本との和平交渉を続けるポーズを示し続けることで、米国からの軍事援助を積み増しさせた。戸部氏は「蒋介石は比較的早い段階から対日戦争後の状況を描ける能力があった。米国から支援物資をより多く獲得し、来たるべき毛沢東の共産党との戦いに備えようとしていた」と分析する。2020年の今日、中国は当時よりはるかに大きい存在感を増している。80年前の失敗は、中国と交渉する際の戒めになるだろうか。

(松本治人)

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