プロフェッショナル経営参謀

対談 経営参謀はCEOのカウンターパートである リクルートHD顧問 池内省五氏×BCG日本代表 杉田浩章氏

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 新型コロナウイルス感染の収束にメドが立たないなど、先を見通すことが極めて難しい経営環境が続くなか、経営参謀の役割はますます重要度を増しています。歴史を振り返っても、参謀は平時より乱世において重用されてきました。ボストン コンサルティング グループ(BCG) 日本代表の杉田浩章氏は著書「プロフェッショナル経営参謀」のなかで、「参謀とは意思決定者を正しく動かす役割を負い、それを実現するために最適な仕事をデザインする人物」と定義したうえで、経営参謀として求められる能力を明らかにし、成長へのヒントを示しています。この連載では、同書に収められた2人の名参謀と杉田代表の対談を紹介することで、優れた参謀がどのように「仕事」をしてきたかに迫ります。1回目はリクルートホールディングス(HD) 顧問の池内省五氏です。

危機感や違和感をつきつめて考える

杉田 池内さんと最初にお会いしたのは2000年代の初め頃でした。当時のリクルートは「紙メディアからネットへの移行」というテーマに直面した時期で、池内さんはまだ経営企画室の次長クラスのポジションでありながら、経営層を動かしておられましたね。

池内 私には、「経営参謀はCEOのカウンターパートであるべき」という信念が若い頃からありました。CEOがある戦略を実行したいと考えているとしたら、自分は別の視点から他のオプションを提案する。これが経営参謀の最大の役割だと考えています。

杉田 「若い頃から」とおっしゃいましたが、きっかけとなった体験があったのですか。

池内 ええ、20代後半から30代前半の経験が非常に大きかったと思います。私は1988年に入社しましたが、直後にリクルート事件が起こり、さらにバブル崩壊が追い打ちをかけて経営が傾き、1992年にダイエーの傘下に入るという世間でいう「ダイエーショック」へとつながった。だから20代の頃は、常に会社が潰れるのではないかという圧倒的な危機感がありました。

 次に訪れた変化が、1995年のインターネット日本上陸です。すでに私はそれ以前に、経営企画室の先輩から「米国で軍用として開発されたインターネットが商業用に使われ始めた」と聞いていました。そして先輩たちは、「これが日本に入ってきたら、そのインパクトは計り知れないぞ」という熱のこもったディスカッションを繰り広げていました。

 先輩たちが当時抱いていた危機感は、「情報誌ビジネスのプロダクトライフサイクルが間もなく終焉を迎える」という現実に対するものであり、議論のテーマは「この問題意識をどう具体化し、経営陣や社内に発信していくべきか」というものでした。20代後半だった私は、それをずっと横目で見てきたのです。

杉田 経営に対する危機意識を強く実感する環境があったわけですね。

池内 それで私自身も、同じような問題意識を持つ社内の有志と議論したり、社外の有識者に話を聞きに行ったりするようになりました。当時ベストセラーだったビジネス書を読んで感激し、出版社に問い合わせて著者の連絡先を教えてもらい、アポを取って会いに行ったこともあります。こうした時間は私にとって至高の体験で、社内の人間と話しているだけでは得られない気づきや学びがありました。

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