長島聡の「和ノベーションで行こう!」

日本を再発見する世界一のブランドへ「魅力はもともとある」 第34回 ディスカバー・ジャパン 高橋俊宏 社長・統括編集長に聞く

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長島 どうすれば、そういう人たちの協力を得ることができますか。雑誌の仕事をしていれば取材で会う人はたくさんいると思いますが、協力してもらえるような強い「つながり」を続けることは難しいのではないでしょうか。協力するということは、別の仕事を後回しにすることでもあります。高橋さんはもう当たり前になっているかもしれませんが、どういう風に自分の熱量を伝えるのでしょうか?

高橋 いや、当たり前になっているということは全然ありません。でも、好き、あるいは絶対やりたいというものに対しては、誰でも絶対に動いてくれると思っています。

長島 なるほど、「好きなこと」「やりたいこと」だと、面白いと言ってやってくれるということですね。

高橋 好きなものだったら、熱量や情熱を持てるので、どう仕事として取り組むかについて優先して考えてくれます。アウトドアが好きな人には「アウトドアの仕事をしようよ。Discover Japanなら好きなところへ取材に行ける」といった話をします。そして、さきほどお話ししたように、まず小さいことから実行します。お声掛けを1回するだけでもよく、1本の電話をかけるだけでもいいのです。

長島 その辺りが高橋さんのお仕事のコツなのでしょうね。

高橋 とはいえ、僕は編集者として遅咲きなほうで、満足する仕事ができるようになるまでに、長い年月がかかりました。25歳のとき、中途採用で2社目の出版社に入って、そこから本格的に編集者の仕事を始めました。そこから編集長になるまでさらに年月がかかっています。

高校生のとき挫折した空手を大学でもう一度始める

長島 ちなみに学生時代にはどんなことをされていましたか?

高橋 父が空手の先生で、僕は小学校3年生から大学まで空手をやっていました。ブルース・リーやジャッキー・チェンといった映画スターにあこがれて空手を始めたのですが、想像以上に厳しい世界です。父は先生として地元の道場で教えていましたが、今だと、口にするのもはばかられるぐらい、しごかれました。

長島 そういう世界なのですね。

高橋 しごきに耐えた結果、僕は全国大会で準優勝したり、世界大会でオーストラリアへ遠征したりしました。中学生のときで、僕の最初の海外旅行です。

長島 世界大会に行くとは、すごいですね。

高橋 岡山に林原という企業があり、企業メセナの一環として道場支援をしていただいていました。世界大会の遠征費や、全国大会などでは岡山から東京などへの遠征費を補助していただき、一流ホテルに宿泊し豪華なレストランで食事を取らせていただいたのです。当時の林原の社長が「空手バカになるな。若い頃に世の中の一流を知っておきなさい」ということでした。その経験は今でもすごくありがたいと感謝しています。子供のころにいいものを見たり体験したりできました。

長島 さきほど触れた美術館めぐりに加えて、空手の経験も、ホテルや食に対する感度を高めたのですね。

高橋 ただ、高校のときに一度、挫折して空手をやめています。小学校3年生から空手を続けていましたが、やはりしんどかった。空手は武道ですので、スポーツの精神とは根本が違います。

 しかし、やめたとき人生が終わったような感じがして、大学でもう一度、空手を始めました。表彰台に上がる経験はお金を払ってもできません。あの達成感をもう1回味わいたいと思い、当時、ナショナルチームの人たちがいる道場へ通いました。出雲崎のときのように、いきなり道場の門をたたきました。

長島 経験者だからといっても、むちゃではありませんか(笑)。

高橋 そこでも頑張って、空手を社会人になるまで続けました。社会人実業団として選手登録し、東日本大会で2位になりました。とはいえ、当時、空手だけでは生計は成り立ちません。そして、限界も見えましたし。

 それで僕は、本がずっと好きだったことに思い当たりました。空手の稽古で苦しいとき、なぜ自分はこんな苦しいことをしなければならないのか?人生に悩んでいるときにいつも励みになったのが、本でした。世界や日本の名作、つまり文学に触れて人生を学び、ときには大衆小説の吉川英治、司馬遼太郎を開きワクワクしながら人生を鼓舞しました。

長島 空手と読書がつながっていたのですね。

高橋 本の登場人物を自分に置き換えて読み、それをもとに自分の人生観をつくり、何か迷ったときには本で助けられていました。それで、人のためになることをやりたい、自分が本で救われたように、僕も良書を作って世の中に貢献したいと思うようになり、出版社の編集者になりました。

 空手に打ち込んだ体験は、僕の人生観をつくりました。打ち込むからこそ、挫折があり、その壁を越えなればなりません。その壁を越えるときに得た経験が仕事にも生きています。『Discover Japan』を創刊するときも、日本の文化に関する一番の本を作ろうと思いました。一番にしか興味はありません。

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