長島聡の「和ノベーションで行こう!」

日本を再発見する世界一のブランドへ「魅力はもともとある」 第34回 ディスカバー・ジャパン 高橋俊宏 社長・統括編集長に聞く

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高橋 『Discover Japan』の構想は2006~2007年ごろに生まれました。意外に思われるかもしれませんが、きっかけは、エイ(きへんに世)出版社の社員時代に僕が手掛けた『北欧スタイル』という、北欧のデザインやライフスタイルをテーマにした本がヒットしたことです。

 アルネ・ヤコブセン氏のセブンチェアなどに代表される北欧家具は、素材を生かしたシンプルなデザインで、日本の空間にとてもよく合います。その本をつくるとき、Yチェアやベアチェアで知られるハンス J. ウェグナー氏という、ヤコブセン氏と同時期に活躍した巨匠のご自宅へ取材にうかがいました。

 ところが、コペンハーゲンのご自宅へ伺ったとき、彼の奥さんにいきなり怒られます。僕が「北欧デザインの本をつくるので、日本から取材に来ました」と伝えると、奥さんは「何しに来たの!あなたの国のほうが、良いものがいっぱいある」と言うのです。

長島 それは予想外の怒られ方ですね。

高橋 家の中に入って驚きました。壁には日本の民具である「蓑(みの)」が飾ってあります。リビングルームの照明は美濃和紙の「ぼんぼり」でした。書斎に入ると「桂離宮」「民家」といった、日本の伝統・文化に関するビジュアルな本が多数並んでいます。「こけし」のような置物もありました。

 それらを見て、僕は自分の子供のころの体験が、北欧の本を作るきっかけになっていたことに気づきました。僕は岡山県の出身ですが、父の影響で、子供のころに備前焼の器や備前刀、旧池田藩の殿様が集めた能衣装などを見ていました。日本の美術品が好きな父は、子供だった僕を遊園地や映画館ではなく、美術館や博物館、神社・仏閣へよく連れていったのです。

長島 子供のころから、日本の伝統美について、すり込まれていたようなものなのですね。

高橋 もちろん、備前焼の器や日本刀の魅力なんて、子供は全然分かりませんが、見続けるうちに「何かがよい」と思う、おじさんくさい子供になりました。そういう原体験もあったので、ウェグナー氏の奥さんに怒られて、家の中を見て「確かにその通りだ」と思ったのです。

 第二次世界大戦では、デンマークがナチスに占領されたり、フィンランドがソ連に多額の賠償金を払ったりするなど、北欧は戦後の復興が大変でした。

 おそらくデンマーク人のウェグナー氏や、ヤコブセン氏といった生活用品のデザイナーは、貧しい戦後復興期に、すてきなデザインとはどのようなものか、考え抜いたのでしょう。

 そのとき、ヒントにしたのが、土と木と紙でできた家で暮らす日本の伝統や文化でした。住居も民具も器もシンプルで美しく、無駄をそぎ落としている点に注目したのです。彼らは日本のデザインの核を「参考にした」のです。

 後でそれが本当だとわかりました。デンマークで「日本からの学び(LEARNING FROM JAPAN)」という展覧会が、2015年10月から2019年1月まで、デザインミュージアム・デンマークで開催されます。

長島 デンマークがそんなイベントを開催していたとは、うれしいです。

高橋 その展覧会の様子は『Discover Japan』の特集記事としても掲載しました。デザインが日本と似ている北欧のものもあれば、日本のデザインをモチーフとして作り込んだ北欧のものもあります。たとえば陶磁器メーカーのロイヤルコペンハーゲンの商品の脇に、モチーフとなった浮世絵が並んでいました。

 それで話は『Discover Japan』の創刊に戻りますが、僕はデンマークの取材から日本へ帰国する機上で考えました。これまで『北欧スタイル』という本で日本人に向けて、「デザインのある生活を求めるなら、北欧のデザインを選ぼう」と提案していましたが、「そもそも北欧デザインのルーツは日本にあった。それを今のトレンドとして本を作っている自分が、なんてバカなことをやっているんだと」と思いました。

長島 すばらしくても北欧デザインのルーツが日本にあるのでは、微妙ですよね。

高橋 であれば、自分の国である日本のデザインを正面から取り上げて褒める本を作ろう。よその国のデザインを褒める本を作っている場合ではないと考えたのが、『Discover Japan』という雑誌を作った一番のきっかけです。

長島 雑誌名ももうずばりです。

高橋 雑誌の名前についてもこだわりました。この名前で商標が登録できたのは奇跡的です。ご存じのように「ディスカバー・ジャパン」は旧・国鉄が国内旅行のキャンペーンを実施したときに商標登録をしていましたが、考えれば考えるほど、この名前しかないと思うようになりました。

長島 当時としては、大々的なキャンペーンでしたから覚えています。

高橋 創刊にあたって、当時の社長に「Discover Japan」という名前の本をつくりたいとプレゼンをしました。社長も旧・国鉄のキャンペーンは覚えており、「内容はわかったが商標登録は難しいだろう。もしできたら発行するか(笑)」みたいな会話からはじまりました。しかし、それがなんと調べたら、登録ができまして「じゃあ、やりましょう」という話になりました。

 その後、旧・国鉄のそのキャンペーンを成功させた、電通の藤岡和賀夫さんという、今は亡くなった名広告プロデューサーの方にもご挨拶させていただき、「先生の想いを受け継いでやらせてもらいます」といった話をさせていただいたのもいい思い出です。

長島 「志は同じ」というところが通じたのでしょう。

高橋 この本の名前は、本当にそこまで重要でした。基本コンセプトは「日本人が日本の魅力に気付く」というものですが、それにはこの名前しかありません。また、この本の名前が英語なのは、将来的に日本の情報を発信する国際的なブランドにしたいと考えたことが理由です。

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