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かんぽ生命問題、信頼回復へ日本郵政が本当に目を向けるべきもの 郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士 郷原 信郎

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特別調査委員会報告書も「法令遵守」から脱却できていない

 そして、特別調査委員会の報告書も、このような日本郵政のコンプライアンス対応の根本的な誤りを十分に指摘しているとは思えない。

 報告書では、冒頭で、コンプライアンスの基本的な考え方について、

当委員会は、本契約問題は、金融コンプライアンス違反の問題と捉え、ここでいう「コンプライアンス」には保険業法等の法令を遵守することのみならず、社会規範や顧客等のステークホルダーからの合理的な期待に応じる姿勢や取組みも含むものとして理解している。

と述べている。そのような観点から、顧客に不利益が生じた不適正な乗換契約に係る問題を中心としつつも、高齢者を対象とした、意向把握・確認等が必ずしも十分とはいえない形態による募集活動や、同一人に対する経済合理性の乏しい多数の保険契約を締結させる形態の募集活動なども「不適正募集」に含めて必要な範囲で検討を加えたとしている(4頁)。これだけ見ると、コンプライアンスを、「法令遵守」より広くとらえようとしているように見える。

 しかし、実際に調査の対象としている「不適正募集」は、募集人の自認を要件とする「不適正募集」に、「顧客の申告どおりであれば法令又は社内規則に違反する疑いのある違反疑い事案」を対象に加えたというだけであり、結局のところ、法令または社内規則に違反する、または違反する疑いがある案件だけが調査の対象となっていることに変わりはない。

 このように、法令・社内規則への違反またはその疑いだけを問題視する考え方は、「法令・社内規則違反がなければ、顧客の利益に反する内容の契約やその募集が行われることはない」ということを前提としているが、かつての貯蓄性商品中心の保険事業を前提に規定された社内規則が改められることなく、保障性商品を中心とする保険募集が行われていたことに問題があるのであり、社内規則には違反しなくても、顧客の利益に著しく反するものも存在している。例えば、西日本新聞(2020年1月6日付け)が報道した、被保険者を孫、受取人をその祖父母にした保険契約などは、高利回りの貯蓄性商品であれば特に顧客に不利益を生じさせるものではないが、保障性商品であれば顧客の利益に著しく反するものである。法令及び社内規則がそのような事案をカバーするものにはなっていなかった故である。

 日本郵政の保険販売に関して行われてきた「業務品質の改善」のための取り組みも、基本的に法令違反、社内規則違反を「不適切事案」ととらえる考え方で行われてきた。それが、果たして、今回問題になった「顧客利益に反する契約」の防止につながる取り組みであったと言えるのか、根本的な疑問があるが、特別調査委員会の報告書も、「法令や社内規則に違反していなければ、顧客の利益に反していない」との前提で調査・検討を行っているに過ぎない。

日本郵政という組織の特殊性とコンプライアンス

 一般の民間企業とは異なる条件による制約を受けることは、巨大であり民業圧迫の恐れが高いうえ、全国に販売網を持ち、法的にもユニバーサルサービスの確保義務を負う日本郵政グループにおいては致し方ないこととも言える。そのような制約があるにもかかわらず、保障性商品などというコンプライアンスリスクが高い保険商品について、郵便局員にノルマや営業上のプレッシャーを与えながら販売実績を上げようとしてきた日本郵政の経営方針そのものに根本的な問題があった。

 しかし、特別調査委員会による問題の指摘は、ほとんどが一般的な民間生保会社の視点によるものであり、「日本郵政」の保険事業が特殊な環境下に置かれていることを踏まえたコンプライアンスの視点が欠けている。

 本来、不祥事を起こした組織から独立した客観的な立場の第三者委員会に求められるのは、当事者の組織には困難な、本題の本質に迫り、根本的な解決方法を提言することのはずだ。しかし、今回の日本郵政の特別調査委員会が日本郵政の保険事業の特殊性という問題の本質に目を向けたものとは言い難い。

 それは、従来の日本郵政と同様に、コンプライアンスを「法令遵守」ととらえる考え方から脱却できていないことに起因するものと言えよう。

 重要なことは、従来のような「法令違反」「社内規則違反」ばかりに目を向けた対応から脱却し、民営化以降の日本郵政の保険事業が、全国の郵便局を信頼する高齢者中心の顧客の利益をいかに損なってきたのか、その実態を直視にする調査を行うことである。一部を無作為に抽出するサンプル調査によって、顧客の利益に反する契約の全体像を正しく把握し、最終的には、AI(人工知能)やビッグデータ解析等も活用して、全契約の中から、顧客の利益に反する契約を抽出し、是正を図っていくべきであろう。

郷原 信郎(ごうはら のぶお)
郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年島根県松江市生まれ。1977年東京大学理学部卒業。1983年検事任官。公正取引委員会事務局審査部付検事、東京地検検事、広島地検特別刑事部長、法務省法務総合研究所研究官、長崎地検次席検事などを経て2003年から桐蔭横浜大学大学院特任教授を兼任。2004年法務省法務総合研究所総括研究官兼教官。2005年桐蔭横浜大学法科大学院教授、コンプライアンス研究センター長。2006年検事退官。2008年郷原総合法律事務所(現郷原総合コンプライアンス法律事務所)開設。2009年総務省顧問・コンプライアンス室長。2012年 関西大学特任教授。2014年関西大学客員教授。現在、公職として、国土交通省公正入札調査会議委員、横浜市コンプライアンス顧問を務めている。
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キーワード:経営・企画、経営層、管理職、経営

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