経営層のためのグローバル・マーケティング

現地任せはなぜ禁物か ダイキン中印躍進の舞台裏 明治大学経営学部教授 大石芳裕

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ホンダ・トヨタも試行錯誤

 第3に、標準化/適合化問題は最終的には本社/現地法人問題に帰着する。「標準化=本社主導、適合化=現地法人主導」と捉える考え方もあるが、それは実態にそぐわない。標準化するか適合化するか、あるいは複合化するかはいずれも本社が決めるべきことである。ただ適合化する際には、当然現地法人側の意見を尊重しなければならない。そこに「適合化=現地法人主導」という誤った見解が生まれる余地があるのだが、「尊重」は「尊重」であり、決して現地法人ないしRHQ(地域本社)にすべて任せることではない。ホンダは四輪車の開発・生産において2003年に6極体制を敷いたが、各地域がそれぞれに適合化した地域専用車を開発し開発コスト・工程の肥大化と供給能力過剰を生み出した。そのため、2016年には6極体制を維持しつつも再度グローバル・モデルを強化したり、地域間の補完関係を強化したりする抜本的修正案を発表せざるを得なくなった。2020年に入った現在も、その修正は継続中である。

 トヨタでさえ、大ざっぱに言えば、2000年ごろまでは現地任せ、2000年代は標準化志向を強化し、2010年代は再度現地任せ、そして2010年代末から2020年代にかけて再度現地の強みを生かしながら標準化戦略を強化しようとしている。2020年の東京オリンピック・パラリンピックから自動車会社としては歴史上初めてTOP(ザ・オリンピック・パートナー)契約を、「10年間で2000億円」と推測される巨額なお金を支払って獲得したのはその表れである。逆にパナソニックは、本社による意思決定の遅れを懸念して、事業別の5つのカンパニーに加えてUS社と中国・北東アジア社を設立し、それぞれ副社長執行役員の佐藤基嗣氏と専務執行役員の本間哲朗氏に担当させている。本間氏は北京駐在で、現地市場環境の変化に迅速に対応していく方針である。

ダイキン、本社中期計画ベースに市場開拓

 上記のような3つのポイントをうまく実践している企業の一つが、エアコンのダイキン工業であろう。ダイキンの2018年度の売上高は2兆4811億円、営業利益は2763億円(営業利益率11.1%)、海外事業比率は76%である。堅調に増収増益が続いている。もともとは業務用エアコンに強みがあったが、現在では家庭用エアコンでも存在感を増しており、米キヤリアと並ぶ世界のトップメーカーである。

 ダイキンは現地適合化が極めて巧みである。中国では専売店である「プロショップ」を通じて高級マンション向けマルチ・エアコン(一つの室外機で複数の部屋をコントロールするタイプ)をしたかと思えば、インドでは提携販売店を通して家庭用ルーム・エアコン(一つの室外機で一つの部屋をコントロールするシングル・エアコン)を販売している。米国は日本のようなダクトレスではなくダクト式タイプが主流なので、それに強い米グッドマンを買収した。

 インドでは2010年から以前より2割程度安価なルーム・エアコンの開発・生産・販売を強化した。現在、金額ベースでインドの首位になっているが、それはエネルギー効率がよく故障が少ないというダイキン商品の品質だけのせいではない。広大なインド市場の地域特性に応じた適合化を緻密に行っているのだ。冬場寒くなる中部では暖房機能を付け、夏場高温になる地域では気温54℃でも運転できるエアコンを提供する。年中湿度の高い南部では省エネで強力除湿できるようにし、道路事情が悪く配送時に壊れやすい地域では1mから落としても壊れにくいものを提供する。大気汚染が深刻な北西部では配管が腐食しにくいものに変更しているし、停電が頻発する北東部では電子回路や圧縮機の耐性を高めて対応している。

 これだけ見ると「ダイキンは現地適合化で成功した」と思われがちであるが、それは単純な見方である。2010年の戦略転換は、ローカルのカンワル・ジート・ジャワ氏が社長に就任して推進したものだが、その根本は本社が定めた中期経営戦略計画「FUSION 15」にある。これは2010~2015年度を対象としたもので、インド・ブラジル・トルコ等の新興国におけるボリュームゾーンを攻略する中計であった。そこで大成功した中国とはまったく異なる戦略をインドに適用したのである。

 「FUSION 15」に基づき、インドでの現地生産を増やし、ローカル部品等を採用してコストを下げ、価格的にも十分競争できるものにした。しかしながら、それでもダイキンの製品は同等のライバルメーカー(LGやボルタス等)と比べても1~3割高い。インバーター技術の洗練さや耐久性、静粛性、省エネ性などに優れており、ブランド戦略にも力を入れている。この点は日本を含め世界的に共通であり、リーズナブルな価格ではあるが、決して価格競争には巻き込まれないようにしている。

 またチャネル戦略も、中国の専売店プロショップとインドの併売店ルートで一見異なるようであるが、実際には「チャネル管理を徹底し、サービスで差をつける」という基本戦略は標準化されている。インドで主流のルーム・エアコンは業界全体としては量販店経由の販売が3割程度を占めるが、ダイキンはほとんどこのルートを使わない。設備店や空調店などのルートを多用し、チャネル管理を徹底し、かつサービス提供の質と量を確保しているのである。この点は中国のみならず、米国でも欧州でも同じであり、この点にもダイキンの強みがある。

 グローバル・マーケティングの標準化/適合化問題において、一部の標準化志向企業を除き、複合化戦略を採用するのは当然と言えば当然である。課題はその巧拙にあり、それは現場のみで解決できることではない。経営層がしっかりした理念と方針を持ち、現場と協力しながら築き上げていく必要がある。

大石芳裕(おおいし・よしひろ) 明治大学経営学部教授
専門はグローバル・マーケティング。日本流通学会(理事,前会長)など多くの学会で要職を務める。企業などで海外市場開拓を担う実務家らを講師として招く「グローバル・マーケティング研究会」を主宰。同研究会は第一線のマーケッター、研究者ら約3000人の会員が登録する、実務と学術をつなくグローバル・マーケティング研究の拠点になっている。近著に「グローバル・マーケティング零」(白桃書房)、「実践的グローバル・マーケティング」(ミネルヴァ書房)など

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