小さな会社が世界で稼ぐ

海外人脈で賃加工を脱した縫製会社――ナカノアパレル 佐々木ビジネス&ライフスタイルコンサルティング 佐々木 隆彦

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悪しき慣行の残る繊維業界

 中野社長は、日本の繊維業界の伝統的なビジネス形態を話してくれた。その説明はおよそ次のとおりである。

 日本の繊維産業には、「職出し」という慣行がある。それは、メーカーが縫製業者に反物を支給して、完成した分の賃料を支払うというシステムだ。要は「賃加工」である。縫製業者はメーカーとつながっていれば仕事をもらえる。気苦労の絶えない営業をしなくてもいいので、楽と言えば楽だ。しかし、立場の強いメーカーから「この賃料でやれ」と言われれば、それに逆らうことはできない。反発しようものなら、切られてしまう。それに、もし海外の縫製業者が、そこそこの質の仕事を安い賃料でやれることが分かれば、メーカーは何の躊躇(ためら)いもなく浮気する。縫製業者は、いつまで経っても儲からない世界に組み込まれているのだ。

 この会社も、P某というブランドの縫製を請け負っていた時期があったらしい。その客からは「上代はこれだから、この金額で縫ってほしい」と言われ続けたという。年間3億円にもなる仕事だったので、彼らは紛れもなく大口顧客だった。しかし、いろいろ思案した挙句、「儲からないのでやめる」と言って取引を終わらせた。P某の担当者は、「後悔するぞ」と引き止めにかかったが、中野氏の気持ちは変わらなかった。日本の繊維産業には、このように安い賃加工という悪しき慣習がいまだに残っていると、中野社長は業界の暗部を指摘する。

 「ものを言えない立場から抜け出すには、特徴のあるものを作るしかない」というのが、中野氏の持論だ。アメリカ行脚でかいた大恥を契機に会社の体質改善に踏み切った同社は、既に「嫌と言える」会社に変わりつつあった。

技術力と企画力で付加価値を付ける

 「商材に特徴を持たせるには、確かな縫製技術とテキスタイルの独自開発がうまく噛み合っていないといけない。高度な縫製技術というハードだけではいけないし、生地の企画力というソフトだけでもいけない。ソフトとハードとの適度な組み合わせが重要なのだ」と、中野氏は熱く語る。生地に特徴を持たせるには、テキスタイルの材料である糸の選定がキーになってくるらしい。

 「ある時、ペルー綿は繊維が長くて具合が良いと聞いたので、知り合いの伝手を辿って、在日ペルー大使館に『綿糸が欲しい』と相談に行った。いろいろ話を聞くうちに、ペルーの副大統領が紡績工場を営んでいることが分かったので、だめもとで、副大統領に手紙を書いてみることにした。暫くすると、驚いたことに、ご本人から返事が届いた。何でも物怖じせずにやってみるものだと思った。こうして副大統領とのつながりができたので、ペルー綿の調達ルートを手に入れた。広島時代に染み付いた図々しさが功を奏したと思っている。間もなくして、高品質のペルー綿に目を付けた日本の大手総合商社が、その綿を独占販売する動きに出てきた。しかし、先鞭(せんべん)を付けたのはわが社なので、商社の傲慢を黙って見過ごすことなどできなかった。いろいろ動いた結果、私の会社だけは、別枠での調達が可能になった。言うべきことは、はっきりと言う。これが大切だ」と、エピソードを交えて自身の信条を語ってくれた。

 ペルー綿の特徴である長い繊維のお陰で、滑らかな風合いの布地ができ、客から好評を博した。特徴のある製品は、顧客を惹き付ける最高のネタになった。しかし、ペルー綿を使い続けると採算が合わないので、それに代わる中番手の綿を探していたところ、中国・新疆(しんきょう)ウイグル自治区のコットンが良いと教えてくれる人がいたので、それに切り替えたという。勢いのあるプレイヤーのところには、損をしなくても済むような有益情報が流れ込みやすいようだ。

中国のスーパーリッチに注目

 「人脈は宝である」と中野社長は言う。

 アメリカ人デザイナーのJ・P氏やペルー副大統領とつながったことで、今の会社がある。また、「職出し」などの古い慣習におとなしく従っていたら、将来はない。良いものを良いと言ってくれる人と商売することが、何より大切である。そのためには、商品に特徴を持たせねばならない。だから、付加価値を常に追い求め、その実現のために走り続ける。それが重要だと信じているという。

 「今は、中国市場に注目している。中国には、1億人ものスーパーリッチがいる。良いものなら高くても買ってくれる。無む 錫しゃくにある工場は、もはやただの加工場ではない。2階の商談室には大きな窓があり、そこから作業場を見渡せるような設計にしている」という。

 アイデアと技術を持つ人たちが集うことでイノベーションを創出させたい、という中野社長の願いが感じられる。

佐々木隆彦 著 『小さな会社が世界で稼ぐ』(日本経済新聞出版社、2019年)、序章、第1章から
佐々木 隆彦(ささき・たかひこ)
佐々木ビジネス&ライフスタイルコンサルティング株式会社 プリンシパル。
早稲田大学トランスナショナルHRM研究所 招聘研究員。同志社大学経済学部卒業。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)大学院修士課程修了(MSc.)。大学卒業後、日系大手電子部品メーカーに入社。エレクトロニクス部材の海外マーケティングを担当。ニューヨークにある北米本社にてIBMやAT&T、インテルなど大手企業に対する新規開発品のスペックイン活動を行う。その後、三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング:MURC)に転じ、MURCのプリンシパルとして、海外事業展開、クロスボーダー・アライアンス、グローバル人材育成などのコンサルティングに従事。2019年、日本中小企業の海外事業展開支援を専門に行うコンサルティング会社を立ち上げ、現在に至る。
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キーワード:経営層、管理職、プレーヤー、経営、営業、イノベーション、国際情勢

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