小さな会社が世界で稼ぐ

海外人脈で賃加工を脱した縫製会社――ナカノアパレル 佐々木ビジネス&ライフスタイルコンサルティング 佐々木 隆彦

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 これからの時代は、「大企業=一流企業」という恒等式は成り立たない。インターネットと人工知能(AI)に代表される第四次産業革命で、大規模なパラダイムシフト(社会規範の大変革)が凄まじい勢いで起こるからだ。時流についていけずに社会的役割を終えた会社は、規模の大小にかかわらず、消えてなくなる。逆に、社会的責任を負った会社は、たとえ小さくても、世界で活躍する存在になる。最終回は、東京・小伝馬町に本社がある縫製会社のナカノアパレルについて解説する。

◇  ◇  ◇

物怖じしてはいけない

 ナカノアパレルは、カットソーのデザイニングから製造までを手掛けるアパレルメーカーだ。同社は、東京のオフィス街、小伝馬町に本社を構えている。本社ビルの3階には広いショールームがあり、その真ん中に卓球台ほどの大きさの打ち合わせテーブルが2面据えられている。ここでデザイナーと原材料業者たちが、日々意見を戦わせているのだ。

 社長の中野憲司氏は、デザイナーではない。学校を出てから、広島にある大手スーパーの卸部門で3年間修業したという。「辛いことも多かったが、ガンガン鍛えられたので、仕事に対するスタンスが決まった」と、中野氏は感謝の気持ちを込めてそう言った。

 広島で衣料品営業をしていた彼は、「今では考えられないことだが、仮払いをさせてくれなかったので、軍資金なしで営業の旅に出ることが少なくなかった。衣類がギッシリ詰まった箱を15個ほど持って広島を出発した。それを中国・九州一円の会社に売り捌(さば)く。広島から持ってきた企業リストを片手に、片端から電話した。飛び込み営業に近いものだったが、遠慮なんかしていられない。電車賃も、宿代も、飯代もないのだから必死だった」と、厳しい修行時代のことを語ってくれた。お陰で、何事にも遠慮せずにものが言える度胸が付いたらしい。

 その中野氏は満を持して、1986年に自身の会社を立ち上げた。長期に亘(わた)る低空飛行が続いたものの、思い切ってビジネスモデルを変えた5年ほど前からコンスタントに儲かり始めたという。

 「安い品を安く作るという発想から、良いものを適正価格で売るという考えにシフトしたことで、会社が大きく変わった。今の年商は27億円で、営業利益率は10パーセント。好調を続けている」

 そう語る社長の顔には自信が溢れていた。

良いものは高くても売れる

 急激な人口減少と低迷を続ける経済、迫りくる日本市場の縮小に備えて、10年ほど前に、遅まきながら海外展開を始めた。当初の考えは、中国など人件費の安いところで縫製することで利益を増やすという安直なものだったが、今の思いは当時のものとは大きく違っている。

 5年ほど前のことらしいが、欧米での販売可能性を探ろうと、自身の息子をアメリカでの営業行脚に送り出した。そして、そのアメリカで大恥をかいたという。「日本の大手セレクトショップでも取り扱われているアメリカ人デザイナー、J・P氏との面談は衝撃的だった。商社の伝手(つて)でなんとかアポイントを取り付け、息子はロサンゼルスにある彼のアトリエにいそいそと出向いていった。日本から持参したカットソーを得意げに見せたところ、『これは何だ。布を縫っただけじゃないか。何の面白みもない』とけんもほろろだった」と。「J・P氏は、『こういうのをプロの仕事と言うんだ』と、自社のカットソーを見せてくれた。息子は、さぞかし悔しかっただろうと思う。でも、圧倒的な差は認めざるを得なかった。帰国した息子から事の顛末(てんまつ)を聴いて、このままではいけない、製品に特徴がないとだめだという思いを強くした」と中野社長は語った。

 しかし、中野社長はアーティストではないので、デザイン的なことから出発することはできない。いろいろと思案した結果、「まずは消費者の立場からものを考えよう」と心が定まったという。また、「関係者を巻き込むこと」の重要さにも気が付いた。デザインというものは素材や縫い方を熟知していないとできるものではない。ただ、それらの知識を持っている専門家たちの動きがバラバラでは、良いものはできない。逆に、彼らの力をひとつにできれば、面白いものが生まれる。そう気付いた結果、何か斬新な商品を生み出すためには、プロたちが集う場所を提供することが何より重要だと思うようになった。

 さらに、縫製技術も高めないといけないと思い、ミシンを改造し、技術者の数も増やした。その時に生まれたのが、縫い目が表に出ない縫製技術だ。その価値を認めてくれたのが、ジル・サンダーやプラダだった。「欧米の会社は、『良いものは良い』と素直に評価してくれる。良いものなら、値段が高くても買ってくれる。これを契機に、わが社の経営スタイルも大きく変わった」と、中野社長は振り返る。小伝馬町の本社3階に据えられた2つの大テーブルは、関係者を巻き込んで付加価値を創り出すための重要ツールになっている。

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