小さな会社が世界で稼ぐ

国外に19拠点を持つナンバーワンの巻線装置メーカー――NITTOKU 佐々木ビジネス&ライフスタイルコンサルティング 佐々木 隆彦

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 これからの時代は、「大企業=一流企業」という恒等式は成り立たない。インターネットと人工知能(AI)に代表される第四次産業革命で、大規模なパラダイムシフト(社会規範の大変革)が凄まじい勢いで起こるからだ。時流についていけずに社会的役割を終えた会社は、規模の大小にかかわらず、消えてなくなる。逆に、社会的責任を負った会社は、たとえ小さくても、世界で活躍する存在になる。今回は、さいたま市に本社を置く巻線装置メーカーNITTOKUについて解説する。

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無策な企業は倒産あるのみ

 自動巻線装置メーカーの日特エンジニアリング(2019年8月17日にNITTOKUに社名変更)は、高度経済成長が終わろうとしている1972年に始動した。現在の従業員数は約700名(連結)。2018年度の連結売上は約300億円。営業利益率は常時10パーセントを超す優良企業である。世界シェアは36パーセントと高く、今世紀に入った頃から業界ナンバーワンの地位を保っている。企業規模の割には海外展開に積極的で、国外に19もの拠点を持っている。巻線装置とは、コイルやモーターを作る際に必ず使う機械のことである。電気自動車など、駆動装置にモーターを使用するものが世の中に普及すればするほど、巻線装置の市場は広がる。

 社長の近藤進茂氏は70代半ばという年齢を感じさせないエネルギッシュな経営者で、彼の強いリーダーシップが日特を町工場から世界企業に飛躍させたのは間違いなかろう。近藤社長は生え抜きの日特マンではない。学校を卒業してすぐに就いた仕事は、スーパーマーケットなどにあるレジ機の営業だった。しかし、入社したその会社は保守的で、建設的な提案をしても取り上げられることはなかったらしい。そんな会社に長居は無用とばかり、何の未練もなく、彼はさっさと辞めてしまった。新しい職場として選んだのは、埼玉県の小さな巻線装置メーカーだった。当時の日特は、生まれたばかりということもあり、風通しが良くて気に入った。「この会社を必ず業界ナンバーワンにしてみせる」と心に決めた近藤氏は、新しい会社での仕事に励んだ。そんな彼が、宣言通りに会社を大きく成長させることができたのは、イノベーションの真髄が「組み合わせ」であることをよく理解していたからに他ならない。

 日特は今でこそ、業界ナンバーワンの会社になっているが、近藤氏が入社した頃の地位は低かった。見上げれば、そこには10社もの同業がひしめいていた。しかし、業界地勢図が塗り替わるのに大して時間はかからなかった。1970年代半ばの日本は、20年ほど続いた高度経済成長がまさに終わろうとしていて、作れば売れるという簡単な時代ではなくなっていたのだが、その環境変化に気付いていた経営者は少なかった。そして、旧態依然とした方法で仕事を続けた会社はどんどん潰れていったからだ。

 「無策な企業は倒産あるのみ」。厳しい現実を見せつけられた近藤青年は、受け身的な加工業を続けていたのでは、この会社も近い将来消えてなくなると思ったという。転職してきた時、ここを業界トップにすると決めたのだから会社を潰すわけにはいかない。日特の火を消さないよう、生き残る道を必死に探った。「請負稼業ではだめだ。何か付加価値のある仕事にシフトしないと立ち行かなくなる」。焦りにも似たその思いが、今日の経営理念になっている。それが、「ユーザーの期待を創造し、最高の技術を提供する」という思想だ。

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