長島聡の「和ノベーションで行こう!」

ものづくり拠点「ファブラボ」が地方・地域経済を再構築する 第32回 慶応義塾大学の田中浩也・教授に聞く

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自動車産業とファブラボを掛け算して生む新しい価値

長島 先ほど、バス停やベンチをつくるといった話がありましたが、それに関連して自動車産業とファブラボを掛け算したときに生み出せる新しい価値には、どんなものがありそうですか。

田中 フランスにある「ファブラボ・ルノー」では、ルノー社が市民と一緒に新しい自動車の形を議論して、デザインしたものをつくって乗ってもらう活動を行っています。こういうことが日本でももっと起こる必要があると思うんですね。日本は高齢化社会ですが、高齢化社会で一番大事なことは、人々が家から外に出ることです。その新しいニーズに自動車が対応するには、これまでと違う形にしなければなりません。それは企業1社で進めるというより、行政や市民と一緒にオープンに考えていく側面があります。私がいま研究室で進めている大型3Dプリンターの研究は、そういう場面に役に立つと思います。自動車の座席や外装を3Dプリンターでつくれるようにしたいと思っているのです。

長島 今や自動車でさえファブラボでつくることができるのですね。

田中 自動車といっても、インテリアやリビングの延長のようなものですけどね。まさに御社が東京モーターショー2019で展示されたような自動車かもしれません。

長島 弊社が10社と共同で開発して東京モーターショー2019に展示した「バトラーカー」は、高齢者の外出を促すとともに、搭乗者が誰かと対話することを重視してデザインしました。対話には、安心する対話と刺激を生む対話の二つがあると考えています。安心する対話は、例えば地元にいる人や仲の良い遠くにいる人との対話です。刺激を生む対話は、遠くにいる、出会ったことのない人との対話で、バトラーカーでは遠隔操作による運転ができるようにして、刺激を生む対話を促すようにしました。

田中 面白いですね。見れば見るほど、従来の「自動車」とは全然違う発想から来ている。

長島 いつもは自動運転で近所の人と乗って安心する対話を行うが、遠くにいる人に運転を依頼して刺激を生む対話のできる用途も想定しました。最初は知らない人でも同じ人に10回運転してもらったら、新たな交流が生まれます。さらには物を運ぶ道具にもしたいという想いがあります。

田中 移動とコミュニケーションが人間の本質だということを意識されて生まれた車だと強く感じます。人間の生活の基本は衣食住だと言われてきましたが、刑務所でも衣食住は確保されています。刑務所への収容がなぜ「刑」になるかというと、移動とコミュニケーションが制限されているためで、その二つが人間にとっていかに大事かということだと思うんです。

長島 ああ、その通りですね。

田中 では、どんな移動、どんなコミュニケーションが必要になるかについては、いろいろなアプローチがあると思います。動くリビング、といった感じは面白いと思うんです。一種のセミパブリックな空間として、新しい井戸端会議を生む可能性もあります。

長島 ファブラボと、例えば「みんなでうごこう!」プロジェクトが取り組む「ミニマム移動促進モビリティー(ミニマムモビリティー)」を掛け算するなどで、日本の「稼ぐ力」を引き上げる取り組みができないでしょうか?由紀ホールディングスの出発点となった由紀精密のように、町工場が航空宇宙分野へ進出するといった劇的な変革を実現することは簡単ではありませんが、変革の可能性を持った会社が日本には多数あります。そうした会社を見いだすところから始めています。

 そして見いだした会社の価値が評価され、さらに周りを巻き込むようになり、ハブとなって、先ほどのデジタルなものづくりのノウハウを含めた、新たなものづくりが全国へ展開されていく世界をつくりたい。そのときのものづくり拠点は、工場だけでなく、ファブラボのようなミニ工場や工房が含まれているでしょうし、それら拠点間をミニマムモビリティーのテクノロジーでつないでいきたいのです。

田中 そうですね。先ほども言いましたが、日本の各地には高い技術や一芸を持つ会社がたくさんあります。私も、そうした会社が、今の時代に合った価値を持つものづくりができるようにして、地方・地域が持つ本来のポテンシャルを可視化するようなことを行いたいと思うんです。

プロデューサー、デザイナー、消費者が互いに話せるようにする

長島 最近、私も素形材企業と、稼ぐ力を上げる方法をいっしょに考えることがよくありまして、それを実現する解答の一つに行き着きました。決して容易なことはありませんが、製造者、デザイナー、消費者が互いに「話せる」ようにすることです。

 ご存じの通り、工場の現場にいる職人さんの言葉は「あの機械には、何ミクロンの精度がある」といったようなもので、職人さん以外には通じません。確かに、技術を究めてはいるものの、「その高い精度をもとに、こんな価値を我々は生むことができる」といったようには響かないですよね。

 でも、例えばメッキの会社が「レトロな風合いのメッキを量産できます」と言えば、デザイナーの人に響くようになり、単なるメッキ会社とはいえなくなります。そういう、誰もが価値のわかる対話ができるように日本の製造業が変わることを究極の目的に置いています。

田中 今、「ユーザー体験の構築」「デザイン思考」といった手法が取り上げられていますが、いずれも「価値」を言語化・共有化するやりかたです。それらに通じるものを感じます。

長島 まだ模索が続いていますが、やりたいことはすごくクリアで、どこの誰がどんな価値を生むことができる要素を持っているか、どんな価値にどう貢献できる人がいるのか――など見える化して、流通する世界をつくりたいと思っています。

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