経営層のためのグローバル・マーケティング

「世界の味の素」はどう作られたか 海外市場参入戦略 明治大学経営学部教授 大石芳裕

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 製品供給の在り方変化に伴うマーケティングの性格変化については、図-2に示されている。図-2の製品供給の在り方には、図-1で明示的に示されていない国際ロジスティクスやグローバルSCM(サプライチェーンマネジメント)も描かれている。現代では、一つの海外市場で完結するビジネスから複数の海外市場を結びつけるグローバル・サプライチェーンマネジメントが常態となっているためである。アップルの場合、米国で企画・開発し、日本や韓国、台湾など様々な国から部品を集め、中国などで組み立てて全世界に販売している。製品供給の在り方については、製造企業から卸売企業、小売企業というチャネル問題も重要であるが、それについては次々回で改めて論じることにする。

 図-2が強調しているのは、マーケティングの性格変化である。もっぱら国内市場を対象とした国内(ドメスティック)マーケティングから現代のマーケティングは大きく変容している。歴史的には商社を通して輸出する間接輸出から製造企業自らが輸出を担う直接輸出(輸出マーケティング)への変化は、製造企業が海外市場を自ら把握し始めるので国際マーケティングの始まりと言える。この時期(米国では1950~60年代、日本では60~70年代)、実務界においては製造企業の中に「輸出部」が設立され、学界においては「貿易から国際マーケティングへ」という研究の萌芽(ほうが)が見られる。ただし、この時期のマーケティングは国内マーケティングの方法を延長したという意味で「延長マーケティング」と定義づけることができる。コカ・コーラやポラロイドなどが典型である。次いで現地生産が始まると(米国では1960~70年代、日本では70~80年代)、当初は現地生産・現地販売という当該市場に閉じたマーケティングが展開され、これが海外マーケティングと呼ばれた。その海外マーケティングが多くの国で展開されるようになってもそれぞれの市場で閉じたマーケティングが行われると、ドメスティック・マーケティングがマルチで実施されるという意味でマルチ・ドメスティック・マーケティングと呼ばれた。この頃になると、「輸出部」は「海外事業部」へ改編されることになる。

 その後、グローバル・サプライチェーンのように多くの国が連結されるようになると、マーケティングの性格は劇的に変化する。一つは世界標準化マーケティングであり、世界中で画一的なマーケティングを実践し、コスト削減と単一ブランドの普及を図るようになる。セオドール・レビットのハーバード・ビジネスレビューに掲載された「諸市場のグローバル化」(1983年)やバートレット・ゴシャールの『地球市場時代の企業戦略』(1989年)などの影響もあり、世界標準化マーケティングをグローバル・マーケティングと呼ぶ(理解する)傾向が強くなったが、筆者はその考えには従わない。グローバル・マーケティングは図-2に示されているように、国内マーケティングからリバース・マーケティングまで多様なマーケティング戦略を内包するものであり、世界標準化マーケティングもグローバル・マーケティングの一つでしかない。

 味の素(株)の場合、風味調味料は現地の嗜好に合った製品を開発し、ブランド名も現地の料理に関する言葉にしている(たとえばタイではロスディー=味が良い、インドネシアではマサコ=料理する、ベトナムではアジゴン=おいしいなど)。しかしながら、味の素は天然原料こそ異なるものの製品は同一でブランド名も統一されている。唯一の違いは最小容量であり、これは「Affordable=誰でも買える」ような大きな・価格に設定されている。なお、東南アジア諸国でのマーケティング戦略とりわけ営業戦略・チャネル戦略はタイモデルを基本にしている。

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