経営層のためのグローバル・マーケティング

「世界の味の素」はどう作られたか 海外市場参入戦略 明治大学経営学部教授 大石芳裕

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 ここまでの連載は、世界の政治・経済というマクロ環境を背景に、マーケティング中心経営やブランド価値経営、経営理念志向経営という総論を述べてきた。今回からグローバル・マーケティングの具体的な各論に入ることにしよう。

 グローバル・マーケティングにはいくつかの主要課題が存在する。教科書的に言えば、第1に取り上げられる課題は、国内マーケティングから国際マーケティング(国内と対比される意味での国際)へのシフトである。それは製造業においては製品供給の在り方とマーケティングの性格変化として表れる。製品供給の在り方については、古くから「参入問題」、「海外市場参入戦略」として議論されてきた。

 海外市場参入戦略は、ある海外市場へどのような形態で参入し、どのような方法で製品供給するかという問題である。図-1に示されているように、多くの製造企業はまずは国内市場を対象に製品供給を行う。企業所在地の近隣から始まり、次に地域へ、そして国内市場全域に製品供給を行う。その後、偶然の引き合い等から海外へ輸出を行うようになるが、その後、海外輸出経験が浅い間は商社を通した「間接輸出」形態をとることが多い。その後、製造企業は自ら輸出を担うようになる(直接輸出=輸出マーケティング)。次に、海外市場売上高が一定規模に達すると現地生産・現地販売を考えるが(海外マーケティング)、多くはリスク回避のため商社あるいは現地企業との合弁会社を設立する(途上国においては合弁が義務づけられている場合もある)。合弁会社には、議決権株50%未満の少数(マイノリティー)出資、50%出資、50%超を保有する過半数(マジョリティー)出資の3形態がある。リスク回避・コスト削減を強く志向する企業は現地企業へ技術供与し、ライセンス生産を行う。最後は、自社のコントロールが完全に効く完全所有会社を設立する。完全所有会社を設立する方法は、ゼロから新会社を設立する方法(グリーンフィールド投資)、既存の会社を買収する方法、合弁会社から合弁相手の株を取得する方法がある。

戦略、流動的・動態的に把握

 味の素(株)は1909年に発売した「味の素」を偶然の引き合いから台湾や韓国に輸出し始めた(1910年)。次いで中国、米国、東南アジアと輸出は拡大した。第2次世界大戦後、輸出が再開されたが、海外市場での売上高が増大したことと現地政府の輸入規制が始まったことで現地生産に乗り出した。タイでは味の素(株)が70%、現地代理店ほかが30%の合弁会社を設立し現地生産を始めている。フィリピンでも味の素(株)が51%、現地のユニオンケミカルズ社が49%の合弁会社を設立し、1960年代前半に現地生産を開始している。この後、マレーシア、ペルー、インドネシア、ブラジル、米国と合弁による現地生産が始まるが、2018年現在、味の素(株)は世界24カ国・地域に122の工場(海外78工場)を有するまでになっている。

 ちなみに、日清食品の場合、合弁会社が完全所有子会社になるのは、ブラジルが1975年→2015年、インドネシアが1993年→2016年、タイが1994年→2013年とだんだん短期化している。一方、日本電産の場合、2019年11月までに合計65件の買収を行っているが、海外企業買収比率は2007年以前に22.2%(27件中6件)だったものが、2008年以降には86.8%(38件中33件)に急増している。日本電産はこの10年、買収することによって海外市場へ参入していることが理解できる(もちろん技術やブランドの取得の意味もある)。

 上記の海外市場参入プロセスは固定的ではない。第1に、これらの階梯(かいてい)は直線的なものでなく紆余曲折(うよきょくせつ)する。ライセンス生産から輸出に戻る場合もあり、完全所有会社から合弁会社に後退する場合もある。第2に、同じ企業でも時間の経過とともに参入方法が変化する。「この企業だからこの参入方法だ」という固定的な決めつけは危険である。第3に、市場が異なると参入方法が異なる。政府規制があれば当然だが、政府規制がなくても企業は現地環境や競争状況、自社の経営資源、国際経験などから多様な参入方法を選択する。結果的に、ある一時点をとると、一つの企業が多様な市場に多様な方法で参入していることになる。海外市場参入戦略は、流動的・動態的に把握する必要がある。

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