長島聡の「和ノベーションで行こう!」

スタートアップが世界へ羽ばたけるよう「ものづくり」で応援する 第30回 浜野製作所 浜野慶一・代表取締役CEO、金岡裕之・専務取締役

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長島 金型や部品の加工に関する長年の実績があり、最近は精密板金や装置開発へとお仕事が変わってきたという話でしたが、現場を預かる金岡専務にとっては、2000年以降、新しい仕事が次から次へと降ってくる中、“プロ”として、すべてを「形」にしようと苦労されてきたわけですね。

金岡 2000年ごろは金型の仕事がほとんどでしたが、当時も地域の方々から「いすの足が取れたので、くっつけたい」という相談がくれば、すぐ直していました。弊社が今のように発展した原点は「弊社へ来れば、何でも直したり作ったりしてもらえる」ということが、地域の方々の口コミとしてなのか、社長の浜野の言葉としてなのかはわかりませんが、広く知られるようになったことにあると思います。

長島 「何でも直したり作ったりしてくれる」と言われるようになるのは、すごいですね。

浜野 やり過ぎのようなところはありました(笑)。

長島 でも、その口コミが、さらに口コミを呼び、仕事の幅が次々と広がったのだと思います。そのお話に関連して、私が強く感じるのは、御社が、地域をすごく大事にされていることです。そういう「想い」に至った背景は、何度もお話しをされていると思いますが、今一度、お願いできないでしょうか。

浜野 はい。弊社は、経営理念で「『おもてなしの心』を常に持ってお客様・スタッフ・地域に感謝・還元し、夢と希望と誇りを持った活力ある企業を目指そう!」とうたうように、お客様やスタッフと同様に、地域への貢献を重視しています。きっかけは、2000年6月30日に発生した火災でした。実質的には、近隣からのもらい火でしたが、当時、自宅兼工場が全焼し、弊社は経営危機に陥ります。

 そのとき、再建に向けて背中を押したり声掛けをしたりしていただいたのが、お客様であり、スタッフであり、地域の方々です。みなさんに、本当によくしていただいたおかげで、今の浜野製作所があります。そのご恩をしっかりと返していくため、このような経営理念をつくりました。

工場の現場に若い人が増えた理由

長島 また、御社で強く感じたのは、工場の現場で働く方々が元気で若い人が多いことです。どうすれば、そのようなことが実現できるのでしょうか。

浜野 きっかけは2003~2004年ごろ、早稲田大学ビジネススクールや一橋大学の学生さんが、弊社との交流を始めたことでした。今で言う「インターンシップ」のようなことを行いました。

長島 インターンシップがあまり知られていないころでしたよね?

浜野 当時、早稲田大学ビジネススクールの先生が、弊社を対象に事例研究をしたいと申し入れてきました。東京・西多摩郡に本社を置く東成エレクトロビームと弊社の2社が対象でしたが、ビジネススクールの人たちが弊社をコンサルティングするという想定で、弊社の決算書などを見たり、従業員にヒアリングしたりしていただきました。マネジメントがわかる人材がほしいという弊社の思惑と、生(なま)の教材がほしいというビジネススクールの思惑がマッチして成立したように思います。

 さらに、同じ時期、地元・墨田区の若手経営者・後継者を私塾で指導されていた――今は退官されていますが、一橋大学商学部の関満博先生に出会いました。僕は、その私塾には参加していませんでしたが、機会があって一緒にお酒を飲むと「うちの学生を工場見学に行かせるから話をしろ」と言われ、学生さんが来るようになりました。

 工場見学は必ず夕方でした。関先生は「工場見学で聞けなかったことを質問できる」みたいな触れ込みで僕との飲み会をセッティングしました。僕が、そこで学生さんといろいろな話をしたあと、弊社を使って事例研究をしないかと提案したところ、20人ぐらいがそれに乗ってきました。

 そうして学生さんとの交流が始まると、別の会社に入ったものの、そこがおもしろくなかったと言って、弊社へ転職する学生さんも出てきました。

スタートアップとの交流が始まった

長島 スタートアップとの交流が始まったのもその頃でしょうか?今ではお付き合いされているスタートアップはかなりの数に上ると思いますが、きっかけはどのようなものでしたか?

浜野 先ほど金岡が話したように、弊社は金型の仕事をする一方で、金属を切ったり、曲げたり、溶接したり、と精密板金も手掛けていました。それらの一つとして、スタートアップの仕事を引き受けたのが発端です。「いすの足が取れたんだが、浜野さん、直せる?」「溶接すりゃいいんでしょう」「じゃ、お願いします」――といったように、気軽に引き受けていたんです。

長島 そんなに簡単に引き受けることができる仕事なのでしょうか?

浜野 付け加えると、普通の町工場はお客様が用意した図面をもとにものづくりをしますが、弊社は「つくったときの図面はないが、こんなものが作りたい」「アイデアと簡単な図面はあるが、どう形にしたらよいか分からない」といった、“口相談(くちそうだん)”みたいな仕事を僕が取ってきて、現場の金岡に振っていました。

金岡 実際に仕事をするのは、現場ですからね(笑)。

浜野 ちなみに僕は今、現場の仕事は一切やりません。難易度が低い仕事であっても、金岡がやったほうが良いものができますから(笑)。

長島 それは確かかもしれません(笑)。

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