ユニバーサル・スタジオ・ジャパンの挑戦

社会現象を生んだ マーケターの「好き」「初動」「継続」 USJマーケティング・ディレクター 兼 個人投資家 秋山 哲

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 3年連続で「最も行きたいテーマパーク・ランキング国内第1位」(トリップ・アドバイザー調べ、2019年)に選ばれているユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)。その人気の秘訣に迫った本連載は今回が最終回となります。最後にお話しするのは、市場に価値を創造・伝達するマーケターになるための大切な3つの力、T (Thinking<考える力>)、L (Leadership<リーダーシップ>)、P (Passion<情熱>)の3つめの「情熱」についてです。

情熱とは、「何かを成し遂げたいという心からあふれでる感情」

 これまでの連載で、私たちユニバーサル・スタジオ・ジャパンが挑戦してきていることを幾つかの視点で紹介してきました。その中で、価値を創造・伝達するマーケターになるためには「考える力」と「リーダーシップ」が必要であることも説明してきましたが、マーケターにとって最も大切なことは「情熱」を持つことです。私たちは、情熱を「何かを成し遂げたいという心からあふれでる感情」と捉えていますが、情熱はマーケターにとって大切な「考える力」と「リーダーシップ」の原動力にもなります。情熱があるからこそ、成し遂げたいことの課題や解決方法を考えて、考えて、考え抜くことができ、チームとして大きな結果を生み出すために欠かせないリーダーシップを発揮できます。マーケターにとっての情熱は、まさに生命線なのです(「考える力」は第8回、「リーダーシップ」は第9回の連載参照)。

 「情熱を込めて仕事をしなさい」というフレーズをよく聞きますが、情熱は自分の心からあふれでてくる感情なので、他人から言われて持てるものではありません。情熱が生まれるプロセスには一定の法則がありますが、それは自分自身の内面的な感情の変化によってのみ生まれます。強い情熱には以下の3つの発生プロセスがあります。

(1)物事に対して「好き」という気持ちがあること

(2)最初の一歩を踏み出す「初動」があること

(3)行動の「継続」があること

 要するに、好きという感情を大切にして、それを実行に移す勇気を持って行動し、達成を信じて行動をずっと続けることです。情熱はこの過程の中で生まれ、どんどん強いものに育っていくのです。

 私たちユニバーサル・スタジオ・ジャパンが2014年に導入した「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」(ハリー・ポッター・エリア)を例に、私たちマーケターにどのようにして情熱が生まれ、強くなっていったのかを紹介していきます。

USJマーケターの働く動機は「何かが好き」

 そもそも、私たちユニバーサル・スタジオ・ジャパンのマーケターが働いている動機はさまざまです。大体は「エンターテイメントが好き」、「人に喜んでもらえることが好き」、「ものづくりが好き」、「マーケティングが好き」などに集約できますが、働く動機は同じではありません。ただし、私たちのありたい姿は1つだけです。それは、私たち自身がつくりだした「ビジョン」で言語化しています。私たちのビジョンは、「ゲストの期待を常に上回るワールドクラスの体験を提供し、世界のエンターテイメント・リーディング・カンパニーになる」です。このビジョンは、私たちのありたい姿であり、私たちが働く動機、つまり好きなことがすべて集約されているものでもあるのです。

 ハリー・ポッター・エリアの導入を決定した2011年当時、パークの入場者数は安定的に増加していましたが、関西圏外からの遠方来場者は全体の3割程度で現在と比べると大幅に少ない状況でした。遠方の方たちは、「ユニバーサル・スタジオ・ジャパンは、大阪の地方にあるクオリティーが高くないテーマパーク」と認識していたのです。ハリー・ポッター・エリアの導入はこうした状況の中で決めました。当時の年間売り上げの半分を超える450億円という常識外れとも捉えられる投資額で導入を決めた最終的な理由は、ブランドを徹底的に強くしたいという私たちの意思でした。この大きな決断をする過程の中で、「強いブランドをつくりあげたい、それを必ず成し遂げたい」という情熱が私たちの中で確実に生まれていったのです。

「初動」は厳しい状況のなかで踏みだされた

 「ハリー・ポッターのエリアを導入するなら、ディズニーにやってもらいたい」。導入を決定した後、ハリー・ポッターのファンに消費者インタビューをしていたときにファンから聞いた言葉です。

 「興味がないわけではないけれど、ハリー・ポッターはシリーズも完結しているし、もう旬ではないですよね」。同じく導入を決定した後に、多くのメディアの方から聞いた言葉です。

 好きなことの挑戦を決めた私たちは、このように厳しい現実を突き付けられました。「エンターテイメントの歴史上で、世界最高のコンテンツを持ってしても私たちのパークに対する認識は変わらないのか」とがっかりしたものです。

 ただし、私たちは投資の決定を撤回する選択肢などは一切考えず、どうやって現状を打破するのかだけを考えました。そして、消費者市場とメディア業界において「ユニバーサル・スタジオ・ジャパンは、誰もが安心して楽しめるクオリティーの高いテーマパーク」という認識を持ってもらうための活動を始めました。最初に行った活動は、「世界最高をお届けしたい」という企業メッセージの開発でした。私たちには当時、テーマパーク・アミューズメント業界で世界最高賞を受賞したライドやショーなどのアトラクションが幾つかありましたが、これから提供するものはすべて世界最高を目指すと改めて決めたのです。そして、この想いを「世界最高をお届けしたい」という企業メッセージに込め、パークのクリエイティブ総監修者であるスティーブン・スピルバーグ(アカデミー賞映画監督)を通じて、TVCMなどで世界最高を目指し続ける宣言をしました。報道メディアに対してもこの強い意思を丁寧に説明し、まずは私たちに目を向けてもらう活動を地道に開始しました。

 こうした初動に対する消費者やメディアの反応に、私たちは一定の手応えを感じました。そして、このまま走り続ければ、必ずクオリティーの高いテーマパークと認識されるようになると信じ、活動を強化していきました。「好き」に「初動」が加わったことによって情熱はさらに強くなっていったのです。

社会現象を生み出したUSJマーケターの情熱

 ハリー・ポッター・エリアの導入には巨額投資が必要だったので、導入までの3年間は大きな投資を行うことはできない状況でした。この状況自体も大きな課題でしたが、それまでに培ってきたマーケティング・ノウハウを最大限に活用し、少ない投資額でより大きな価値を提供し続けパークの印象を変えていきました。2011年には、それまでパークの一部で夜に展開していたゾンビが襲いかかってくる恐怖体験の有料イベントを無料にしました。そして、100体以上のゾンビをパーク全体に放ち、パークそのものをクオリティーが極めて高い巨大なお化け屋敷に変え、絶叫体験を提供しました。結果、イベント全体の集客は5倍にまで増加し、ハロウィーンのレジャー文化の形成にも大きく寄与しました(第9回の連載参照)。2012年には、7年連続世界最高アトラクションに選ばれていた「アメージング・アドベンチャー・オブ・スパイダーマン・ザ・ライド」をリニューアルし、圧倒的な没入感の中で興奮体験ができる「未来のライド・アトラクション」としてマーケティングし、集客を拡大しました。2013年には、ギネス認定のクリスマス・ツリーと世界最高賞を受賞した壮大なクリスマス・ミュージカルが完全に融合したショーを、内容はまったく変更せずに、消費者自身も気づいていない課題を発掘し、新たなコミュニケーション展開で集客を倍増させました(第1回の連載参照)。

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