経営層のためのグローバル・マーケティング

ネスレなど実践 マーケティング中核のH型経営 明治大学経営学部教授 大石芳裕

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 マーケティングの定義はさまざまだが、代表的なAMA(American Marketing Association)の最新の定義は「マーケティングとは、顧客、クライアント、パートナーおよび社会一般に対して価値を持つ提供物を、創造し、コミュニケーションし、配送し、および交換する活動、組織およびプロセスである」(2013年7月)というものである。提供物(offerings)とは商品やサービス、さらには信念や社会的主張を含む。したがって、必ずしも営利的企業のみがマーケティングを行うものではない。

 一方、日本マーケティング協会の定義は「マーケティングとは、企業および他の組織がグローバルな視野に立ち、顧客との相互理解を得ながら、公正な競争を通じて行う市場創造のための総合的活動である」(1990年11月5日)となっている。30年近く前に発表された定義であるが、「グローバルな視野に立ち」とか、「顧客との相互理解を得ながら」とか、「公正な競争を通じて」とか、現代でも十分に通用する内容となっている。マーケティング主体は「企業および他の組織」であり営利的企業のみに限定していないものの、やや企業に力点を置いていることが分かる。

 上記2つの定義は、それぞれに精緻で適切なものである。筆者はまったくもってそれらの定義に異論はないが、残念なことに文章がやや長く、簡単に覚えられない。書かれた定義を読めば理解できるし説明もできるが、ある時突然に「マーケティングの定義は?」と問われても正確に答えることができない。そこで筆者は誰でも簡単に覚えられるものとして、「マーケティングとは、誰に、何を、どのように提供するかに関わる諸活動である」と定義する。「誰に、何を、どのように」という3つの用語なら簡潔であり、この定義でマーケティングの核心を突くことができるのではないかと考えている。

 ただし、筆者のマーケティング定義は簡潔なだけに、いろいろな解釈が可能である。多様性もまたいいのだが、「定義(限定)」という意味からすると、やや散逸の感は免れない。そこで補足的に下記のような図表-1を挙げて説明することにしている。

 図表-1で示すのは、以下のような点である。第1に、マーケティングというと右側の「どのように」が注目されることが多いが、より重要なのは左側の「誰に」である。そのためにMR(マーケティング・リサーチ)やMS(市場細分化)、TG(対象市場設定)が行われる。R&DはR(研究)という独自の技術革新という側面を持つが、D(開発)や企画段階になると「誰に」を強く意識したものにならざるを得ない。「誰に」が定まって後、「何を」が決まるのである。したがって、マーケティングは製造を挟んで両側に位置し、「H型」の構造をとる。筆者はこれを「H型経営」と呼んでいる。ちなみに、サービス業の場合、生産と消費の同時性のため、図表-1のような物流に挟まれた製造がなくなるように見えるが、実質は同じである。

 第2に、「誰に、何を、どのように」というマーケティングが企業や組織の経営における中核をなし、それ以外の人事、法務、財務、情報、物流、全般管理はマーケティングを支援するものとして位置付けられる。このように言うと、それぞれの分野の専門家から「それはマーケティングの我田引水ではないか」とお叱りを受けることは覚悟の上だが、このように表現するのは、どのような企業・組織であっても「誰に、何を、どのように」を実施しないものはないからである。むしろ、企業・組織の存在意義を考えると、「誰に、何を、どのように提供するか」こそが最重要となる。筆者は常々、日本企業においてマーケティングが、図表-1の右側のように矮小(わいしょう)化して理解されていることに危機感を抱いており、経営層の認識を改めていただきたいと考え、図表-1を作成した。

 グローバル・マーケティングを検討する場合も、「マーケティングを経営の中核とする」考え方が重要である。マーケティングは機能の一つであるとともに、経営の羅針盤であり、他の機能を統括する司令塔である。欧米企業の多くにはCMO(最高マーケティング責任者)がいて、経営の中核を担っている。もともとCxO(CEOやCMOなど組織や業務・機能の責任者)という役職を置くことの少ない日本企業と直接の比較はできないが、経営におけるマーケティングの位置付けには大きな差がある。技術革新や生産ノウハウ、品質管理等に競争力がまだ残っている現在、日本企業はマーケティング経営を実践し、世界における競争優位を獲得していくべきである。

 図表-2はネスレ日本の経営の在り方を示しているが、ネスレ本社もP&G、コカ・コーラ、IBM、MSなども同様の構図である。それらの企業においては、マーケティング志向が徹底している。繰り返すが、この場合の「マーケティング」とは、日本で広く理解されている「機能としてのマーケティング」を超えた存在である。「誰に、何を、どのように」をしっかり捉えた考え方を意味する。このように述べると、マーケティング志向経営のさらに上位概念に位置するようになった「ブランド価値経営」が課題となるが、それについては次回で触れることにする。

大石芳裕(おおいし・よしひろ) 明治大学経営学部教授
専門はグローバル・マーケティング。日本流通学会(理事,前会長)など多くの学会で要職を務める。企業などで海外市場開拓を担う実務家らを講師として招く「グローバル・マーケティング研究会」を主宰。同研究会は第一線のマーケッター、研究者ら約3000人の会員が登録する、実務と学術をつなくグローバル・マーケティング研究の拠点になっている。近著に「グローバル・マーケティング零」(白桃書房)、「実践的グローバル・マーケティング」(ミネルヴァ書房)など

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