天下人たちのマネジメント術

中曽根・吉田・浜口…昭和のリーダー1位は誰か

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吉田「戦争に負けても外交で勝った国はある」

 「歴史において自分が果たすべき役割を最も自覚していたのは元外交官の吉田でしょう。『戦争に負けても外交で勝った国はある』としばしば語っていました。中曽根も高度成長に代わる新たな国家像が求められる時代に、経済大国としての政治責任を取ることと欧米に引けを取らない日本文化によって国のアイデンティティーを確立しようとしました。浜口も大国化・大衆化・工業化の世界共通の可能性と課題を読み取り、国際協調を使命としました」

 「首相・陸相・軍需相と権力を自らに集中させ、強力なリーダーにみえる東条に歴史的センスがあったようには見えません。戦争に勝つことを使命としましたが、その戦争が日本の過去と未来にどうつながっているかを、説得力のある論理で語ることはできませんでした。五摂家筆頭という家柄の上、知性にも恵まれていた近衛が第2次内閣で作成した『国策要綱』も重厚・華麗だが空疎な言葉ばかりが並びます」

 ――理想を現実的な手段で実現させるのは大変な政治的力量を必要としますね。

 「理想主義的プラグマティズムで優れていたのは中曽根です。戦後政治の総決算というキャッチフレーズで、制度疲労した戦後システムの抜本的改革をビジョンとしました。しかも国鉄民営化などの改革手法は極めて現実的でした。もうひとつのビジョンである憲法改正は断念しますが、安全保障では日本の自主性を高め同盟国の信頼を得る政策を取り続けました」

 「徹底したリアリストであった吉田は独自のビジョンづくりは不得手でした。しかし復興と独立回復が当時の日本では自明でした。浜口はラジオ放送やレコードで直接国民に訴えようとしました」

 「東条は有能な軍事官僚で仕事の実務的効率を上げましたが、ビジョンはありません。近衛はすぐれた知識人など幅広いブレーン集団を抱えていましたが提唱した『大東亜新秩序』が何を目指すのかは曖昧です。ビジョンを実現するための実行可能な措置も取ろうとしませんでした」

 ――日本の社会的風土では、強すぎる権力欲は必ず忌避されるものですが、重要なポイントと強調していますね。

 「明快なのは中曽根で、日本のリーダーには珍しいほど旺盛な権力意志を隠そうともしていません。実は強い責任感覚の裏返しで『国家の将来は自分の決断ひとつにかかっているという恐ろしいほどの重圧に立ち向かわなければならない』と語っています」

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