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真珠湾攻撃 ミッション不徹底が山本五十六の誤算

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現場の司令官とミッションで食い違い

 それでも「真珠湾攻撃は失敗だった」という声が出ている。一番の目標にしていた空母「エンタープライズ」「レキシントン」を逃がしてしまったためだ。2隻の空母はちょうど航海中で真珠湾に駐留していなかった。そのため現在でも「なぜ第2次攻撃を決行しなかったかという批判がある」と畑野氏は言う。歴史家の秦郁彦氏は当時の日米両軍の状況を分析し、機動部隊が索敵すれば米空母を発見できた可能性が十分あったという。

 批判の矢は現地で部下から提案があったにもかかわらず追加攻撃をためらった機動部隊の南雲忠一・司令官と督促しなかった山本に向けられている。南雲について畑野氏は「永野修身軍令部長から空母を損傷させないように強く要望されていたことも影響したようだ」と指摘する。南雲は海軍の年功序列で司令官に就任。航空部隊は専門外で、当初から作戦が成功するかどうかも懸念していたという。大戦果を前に敵地から早く離脱したかったようだ。

 ただ一番の原因は「山本と部下の南雲の間に真珠湾攻撃のミッションが共有されていなかったことだ」と畑野氏。山本にとっての目的は空母を始めとする主力艦隊を徹底的にたたき、米軍の継戦意欲を失なわせることだった。南雲はアジア南方地域で資源を確保するための補助作戦とみていた。すでに所期の目標は達成したとの判断だった。

 連合艦隊の司令部でも第2撃の議論が起きた時に山本は「それをやれば満点だ。自分もそれを希望するがここは機動部隊指揮官にまかせておこう」と述べたとされる。米側の闘争心をくじくという狙いも、ワシントンでの最後通告が開戦後にずれこんだため、逆に米国民の戦意を高める結果に終わった。

 日本軍の計画は、まずインドネシアなどを占領して石油など資源を確保しての持久戦だった。その後に同盟国のドイツが英国かソ連(現ロシア)を打倒するか休戦するのを待って、戦意を失った米国など連合国との講和会議に持ち込む狙いだ。一方山本はこの計画を「成算なし」と判断して米、英艦隊との艦隊決戦に勝ち続けることでの講和を想定していた。

 日本は戦争終結へ向けてのグランドデザインを持たないままに終始したといわれる。畑野氏は「実際は海軍において長期持久戦計画と、山本の連続艦隊決戦構想とに最後まで分裂していた」と結論付けている。現代企業でもミッションの共有はもっとも重要とされる。かつての日本海軍はそこに盲点があったようだ

(松本 治人)

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