学校で教えない経済学

過酷ノルマは民営化のせい?~経済合理性を無視する真の理由とは~

記事保存

日経BizGate会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。

ソ連で命にかかわるノルマが横行し、現代日本でそれが例外な理由

 それでは一体、かつてのソ連で命にかかわるノルマが横行し、現代日本でそれが例外でしかない、その差はどこから来るのでしょうか。注意しなければならないのは、戦争が理由ではないことです。シベリア抑留は戦後に始まったからです。また、ノルマを課されたのはシベリアで抑留された捕虜だけではなく、ソ連の一般市民も同じでした。

 そうだとすれば、ソ連と現代日本の違いは、やはり社会主義と資本主義の違いにあると考えるのが妥当でしょう。

 資本主義では、会社は利益を求めて経済活動を行います。社員に過大なノルマを課せば、一時は利益が増えるかもしれませんが、やがて社員が重労働にたまりかねて辞めていき、強引な営業に顧客からも信頼を失い、長期ではむしろ利益は減るでしょう。だからまともな会社では過剰なノルマに歯止めがかかります。経済的な合理性がその背景にあります。

 一方、社会主義ではそうした歯止めがかかりません。労働者に過剰な労働を押しつければ長期で生産性が落ちることがわかっていても、短期の目標を達成するために重労働を強制します。短期の目標とは、収容所長が課されたノルマであり、ソ連政府が掲げる生産量の達成です。政治的な目標と言えます。

 それでは、かんぽ生命における過剰なノルマの原因は何か、あらためて考えてみましょう。もしかんぽ生命が普通の会社であれば、顧客の信頼を失うような行き過ぎたノルマにはどこかで歯止めがかかったはずです。ところが実際には、問題のある営業を行っていると以前から報道されていたにもかかわらず、会社側はそれを否定し、厳しいノルマが課され続けました。

 かんぽ生命の植平光彦社長と、販売の大半を受託していた日本郵便の横山邦男社長は7月10日、会見を行い、「顧客本位の営業ができていなかった」とようやく陳謝しました。普通の会社であれば顧客本位は当たり前のはずですが、それができていなかったということは、かんぽ生命が経済合理性で動く普通の会社ではないことを暗に示します。

 かんぽ生命は民営化企業と呼ばれますが、実は文字どおりの民営化はまだされていません。かんぽ生命株式の65%は親会社の日本郵政が所有し、日本郵政株の57%を政府が握っています。

 日本郵政グループは、保険など金融事業の収益で、維持コストの大きい郵便事業を支える特異な企業構造をしています。郵便事業の維持コストがなぜ大きいかと言えば、いかなる過疎地でも全国一律のサービスを提供する「ユニバーサルサービス」が法律で義務付けられているからです。これは経済合理性に基づかない、政治的な目標です。

 手紙やはがきの需要が減少の一途をたどる中で、ユニバーサルサービスを維持するのは、政治的な意義は別として、経済合理性からは無理があります。それでも目標として掲げられている以上、保険など金融事業の収益で穴埋めしなくてはなりません。そのしわ寄せが、経済合理性に反するノルマとなって表面化したのです。

 日本はソ連のような社会主義国ではありません。けれども日本郵政グループだけを取ってみれば、政府の支配力が強く、社会主義の経済体制と共通しています。これが過剰なノルマの真の原因とみるべきでしょう。

 かんぽ生命のノルマ問題を受け、郵政民営化は失敗だったと声高に主張する向きもあります。しかし過酷なノルマの原因は民営化にではなく、むしろ民営化が不十分なため、経済合理性が無視された点にあります。

 郵政グループがノルマ営業を見直しても、計画される完全民営化にブレーキがかかるようなら、職員が経済合理性に反する無理な勤務を強いられる恐れはなくなりません。真の問題解決には、その原因を正しく見極める必要があります。

(木村貴)

※この連載は今回で終了します。

※日経BizGateの記事を無料で定期的にお届けする会員登録をおすすめします。メルマガ、印刷ページ表示、記事クリッピングなどが利用できます。登録はこちらから

キーワード:経営・企画、経営層、管理職、プレーヤー、経営、営業

閲覧履歴

    クリッピングした記事

    会員登録後、気になる記事をクリッピングできます。