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機械制御用の独自AIで生産性向上と品質担保を両立させたい 第28回 エイシング 出澤 純一・代表取締役CEO

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機械製品組み込みのAIデバイスに「社会集合知」を持たせる

長島 機械制御用のAI技術を開発することでエイシングは何を目指しているのでしょうか?

出澤 中期のミッションと長期のミッションがそれぞれあります。

 中期的には、製造業のペインポイント(悩み)である製造現場の生産性向上と品質担保を両立できるAI技術の実現を目指しています。現状では、AIを活用して生産性の高い製造装置を開発しても、AIエンジニアが、その製造装置から取得できるデータを用いて再学習させるか、AIをチューニングし続けなければならず、期待したほどコストは下がりません。この課題を、私たちは「DBT」と呼ぶ独自のAIアルゴリズムに基づく自律制御で解決したいと考えています。

 長期的には、あらゆる機械製品の品質を持続的に向上するAI技術の実現を目指しています。自動車やドローンといった機械製品は製品の出荷時点では最高の品質を実現していますが、利用すると経年で劣化し、人手のメンテナンスやチューニングで品質を維持しているのが現状です。その課題を解決するため、機械製品に組み込んだAIデバイスが形成する「社会集合知」をもとに、個々の製品が自律的に最高の品質を維持する技術を開発しています。

長島 機械製品に組み込んだAIデバイスが「社会集合知」を持つというのはどのようなイメージでしょうか?

出澤 個々の機械製品に組み込んだエッジデバイス(末端のコンピューター)が機械の動作をもとに自律的に機械学習を行い、最適な制御を実現・維持するのが弊社AI技術の特徴ですが、弊社は個々のエッジデバイスの学習結果をクラウドサービスによって集約する技術を開発中です。このクラウドサービス側に集約した学習結果を「社会集合知」と呼んでおり、コンソーシアム(共同事業体)を形成する協力企業が安価に活用できるプラットフォームを作ることが、弊社の長期的なミッションです。

製造装置が自律的に不良品を減らす、ドローンが自律的に制御する

長島 御社が開発したAIアルゴリズム「DBT」を理解するため、DBTを応用して開発した機械製品の例をいくつか教えていただけますか。

出澤 発表した事例で私自身が一番強く印象に残っているのは、オムロンさんと共同開発した「制御機器用AIエンジン」というAIソフトウエアで、2018年11月末に発表しました。オムロンさんはそれを活用して「次世代AI搭載コントローラー」などリアルタイム性が要求される各種制御機器の開発を進めており、長期的には製造ラインが自律的に制御を行い、製品不良が発生しない「ラインイベントゼロ」の実現を目指しています。当時、私たちは制御機器製品に組み込むAIソフトウエアを共同開発するというぐらいの意識で、その先にあるユースケースにまで考えが及んでいませんでした。それが、この発表で明瞭になったと思います。

 また、この発表のときに初めて知ったのですが、オムロンさんは、私たちのようなAI専門家の手を借りずにDBTを活用して、製造ラインに導入する巻き線機という装置のAI制御を実現していました。巻き線機は、長く細いリールという材料をロールから高速かつ一様に巻き取る装置ですが、ロールを追加投入したとき、つなぎ目やロールの個体差などに起因する蛇行が発生し、蛇行を抑制するまでの部分を不良区間として破棄する必要があります。従来の制御技術では蛇行の抑制に10秒かかったので、巻き取り速度が秒速2メートルの場合、破棄する不良区間が約20メートルに達します。しかしDBTを活用したところ、抑制までの時間を約3秒に、長さとしては6メートルに短縮することができました。

長島 その巻き線機が行う機械学習には、どのぐらいの時間がかかるのでしょうか?

出澤 ロールを交換して起動したあと、数ミリ秒で機械学習が完了し、約3秒後には学習に基づいた予測を用いて自律的な補正で蛇行を抑制できます。私も実際に見たときは感動しました。DBT以外のAI技術では機械学習に数秒~数十秒かかるそうですが、それでは機械の制御周期に間に合わずAIを活用する意味がありません。弊社のAI技術を使うとCPUスペックにもよりますが数百マイクロ秒~数ミリ秒で機械学習を行えるという特徴は、地味なのですが、一番優れているところだと思います。ただし、マスコミ受けはよくありません。目に見える物がないからでしょうか。

長島 オムロンさんが苦労して10秒に短縮したものが、一足飛びに3秒になったと考えると、大変すごいことだと思います。また、DBTに基づく制御用ソフトウエアをオムロンさんがAI専門家の手を借りずに開発することができたのは、DBTの手離れがいいということでもありますよね。

出澤 デンソーさんとJR東日本さんの事例も発表しています。

 デンソーさんでは産業用ドローンに搭載するカメラの制振と、墜落のような危険な状態を予測して回避する制御に弊社のAI技術を活用しています。NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の「AIシステム共同開発支援事業」の一環でした。これは既存製品の産業用ドローンに、後付けでデバイスを搭載して成果を出した例で、このような使い方ができることも弊社AI技術の特徴になります。

 シミュレーター上になりますが姿勢制御ではドローンが突風に吹かれたときも、墜落しないようにすることができました。突風が吹いたときのドローンの姿勢を事前に学習し、実際にドローンを飛ばしたとき、突風に吹かれると、何ミリ秒後にどのような姿勢になっているかを予想できるようにします。このAI予測器とPID制御という既存の制御技術を組み合わせ、早めにカウンターを当てて姿勢を維持しました。その結果、ドローンの制振性は約20%向上しています。

 JR東日本さんではインキュベーション/アクセラレーション・プログラム「JR EAST STARTUP PROGRAM」に参加して、上越新幹線における散水消雪機の最適稼働について、弊社のAI技術の活用を検討しました。年当たり約7億円かかる燃料代を15%程度削減することが目標でした。

 散水消雪機は水で雪を解かす設備で上越新幹線の線路沿いにかなり長い距離にわたり設置されています。水をボイラーで暖めて線路にまいて雪を解かし、まいた水が戻ってくるときの温度をぎりぎり凍らないようにするとコストが最小限になり理想的ですが、その温度調整が難しい。自動化はしていたものの人手でのチューニングが不可欠でした。

 そこで私たちは、JR東日本さんからチューニングに使っていたデータをいただいて研究を行いました。費用を最小限にしながら、確実に雪を解かすには、どのようなデータを集めて、どのような出力にするとよいのか――その実証実験(PoC)に成功しています。弊社のAI技術はこのように職人的なチューニングの自動化が得意です。

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