任せるリーダーが実践している1on1の技術

「時間取れない」「話がネタ切れ」よくある1on1の失敗と対処 組織人事コンサルタント 小倉広

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「関係の質」と「心理的安全性」がパフォーマンスを高める理由

 関係の質の向上が結果の質につながる、というキム教授の「成功循環モデル」やグーグル社で明らかになった「心理的安全性」が業績につながる、という理論は直感的に理解できますが、私の専門領域であるアドラー心理学を用いれば、より深く理解が進むでしょう。

 現代の心理療法の主流である、認知行動療法、解決志向ブリーフセラピーなどにつながる源流の一つ、と言われるアドラー心理学は、原因論ではなく目的論の立場を100年前に表明した画期的な心理学です。それは従来、フロイトが提唱していた精神分析の原因論を根本から転換した、いわば天動説に対する地動説のような革命的発想だったのです。

 人間が繰り返す行動や感情には、原因もあるが、それは影響因子にすぎず、決定因子は個人の自己決定にあり、そこには常に目的がある、と考えるのが目的論です。例えば、怒りは相手の行動が引き起こす得体の知れない感情だと考えるのが原因論です。一方、アドラー心理学では、それは目的を持って個人が作りだしたものである、と考えます。ここでの目的とは「支配・コントロール」や「優越的地位の獲得」などです。

 相手がミスをしたり、こちらの気持ちを逆なでするような言動をしたとしても、怒る人もいれば、怒らない人もいる。同じ相手の同じ状況においても、人はそれぞれ異なる反応を選択しています。そこにあるのは原因ではなく、一人ひとりが作り出した目的である。これが目的論の考え方です。何を選ぶかは自分次第。個人の自由な選択に委ねられているのです。

 アドラー心理学はこの目的論をさらに押し進めて、万人に共通する究極目標を明らかにしました。それは、社会への「所属」(Belonging)です。人は一人では生きていけない社会的動物です。人間は生物学的には群れをなして生きることから群居動物と分類されます。人類の起源であるホモサピエンスは猛獣に襲われてばかりの弱い動物でした。しかし、「群れを作る」という発明により、助け合うことで生き延びたと言われています。群れに「所属」すれば生き延びることができ、そうでなければ生きていけなかったのです。

 また、現代の人間にも「所属」は極めて大切です。私たちは誰もが、生まれたばかりの赤ん坊の頃に命がけで「所属」を獲得した経験を持っています。それは母親への所属です。もしも赤ん坊が母親への所属に失敗し愛されないと、授乳してもらえず、一日で死んでしまいます。だからこそ、私たちは命がけで母親からの愛を獲得し「所属」することで生き延びようとしてきた経験を持っています。

 人の間と書いて人間と読みます。人は社会の網の目に組み込まれ、共同体の中で初めて人間になる。ですから、人間は所属できない、という危機を感じると、頭の中でサイレンが鳴ります。「生命の危機だ!」と過剰に反応してしまうのです。

 もしも、私たちが日頃から様々な共同体、例えば家庭や職場や友人たちとの間に、良い所属が十分にできている、と感じていれば、私たちが所属のために採用する行動は穏やかなものになるでしょう。しかし、逆に常日頃から「自分は良い所属ができていない」と感じている人は、ちょっとした出来事、例えば上司からの叱責や、他者からの否定的意見などに対して過剰に反応するでしょう。その行動はおおむね「攻撃」もしくは「回避」のいずれかを取るでしょう。

 「攻撃」は、日頃から活動性が高い人が取りがちな選択肢です。他者を攻撃し、無理矢理にでも自分の意見を採用させることで所属を獲得しようとするのです。

 「回避」は、日頃から活動性が低い人が取りがちな選択肢です。なるべく他者との関わりを回避し、人と交わらないという行動を取るのです。つまり、対人関係での失敗などによって傷つくことを怖れて「それならば何もしない方がマシ」とばかりに関係自体を避けていくのです。

 これらの所属を求める過剰な行動は、多くの場合はうまくいきません。そして、所属のための過剰な行動により、逆に、ますます「所属できなくなる」という泥沼にはまっていくのです。

 キム教授が提唱する「関係の質」を高めること、すなわち1on1の積み重ねで達成できるエンゲージメントの向上は、この一連の過剰さに「ゆとりと落ち着き」をもたらします。つまり上司が部下に対して行う「傾聴」「勇気づけ」などにより、1on1で日頃から「所属」を実感できている部下は、過剰な劣等感を感じる必要もなければ、過剰に高い目標を掲げる必要もなく、現実的で常識的な目標を掲げます。ですから、落ち着いて課題に対処できるわけです。

 すると、「心理的安全性」が実現され、さらに「関係の質」が高まり、結果の質も高まるというキム教授のサイクルが回り出します。1on1によるエンゲージメントの向上が結果の質に影響するのにはこのような一連のムーブメントがあるのです。

小倉広 著 『任せるリーダーが実践している1on1の技術』(日本経済新聞出版社、2019年)、「PART1 経営者・人事部のための全社的視点での1on1」から
小倉 広
株式会社小倉広事務所代表取締役。大学卒業後、株式会社リクルート入社。組織人事コンサルティング室課長など企画畑を中心に11年半勤務。ソースネクスト(現東証一部上場)常務取締役、コンサルティング会社代表などを経て現職。現在は、アドラー心理学と企業経営を熟知した数少ない専門家として大手上場企業を中心に数多くの企業にて講演、研修を行っている。

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キーワード:人事、管理職、プレーヤー、人事、人材、研修、働き方改革

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