任せるリーダーが実践している1on1の技術

「時間取れない」「話がネタ切れ」よくある1on1の失敗と対処 組織人事コンサルタント 小倉広

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1on1の目的とは―2つのサイクルを回せ

 1on1の目的は、短期的な業務の課題解決ではありません。中長期的な自立的人材の育成、およびエンゲージメントの構築にあります。

 その際、頭の中に置いておくと良いツールがあります。それが2つのサイクルです。

 一つ目はデビッド・コルブが示した「経験学習サイクル」です。

 人は知識から学ぶのではありません。経験から知識が導き出された時に初めて深い学びが起きるのです。経験を伴わない知識は机上の空論です。コルブが示したこのサイクルは始点を「経験」に置いているところがユニークであり、かつ実務的です。

 私は、コルブが提唱した経験学習サイクルを活用するために、上司が1on1でできることを「質問」「要約・言い換え」「勇気づけ」「任せる」と4つの役割で定義しています。まずは部下が仕事を通じて、成功や失敗などを経験し、それを内省する。それを支援するのが「うまくいったポイントは何だろうか?」「どうすれば失敗を避けることができたのだろうか?」といった上司の「質問」です。すると部下の頭の中にあるナレッジが引き出されます。「あの時に早めに関連部署に相談すれば良かったな」「迷った時は社内ではなく顧客の論理を優先すべきだ」などなど。しかし、それらはまだ、曖昧模糊としており、うまく言葉にならないことも多いでしょう。

 そんな時に上司がすべきことは、部下の言葉にならない思いを察し「要約」や「言い換える」ことによる概念化の支援です。その際には、臨床心理学者・哲学者のユージン・ジェンドリンがカール・ロジャーズと共に提唱しているテスティング・アンダースタンディング(理解の確認)をぜひ行っていただきたいと思います。「私には、あなたの本心は~であるかのように聞こえましたが、それで合っていますか?」を頻繁に行うのです。部下はこれにより、自分でも気づいていなかった新たな意味解釈やポイントに気づき、成長することができるでしょう。

 このようにして、知恵が概念化されたなら、そこで終わらせてはいけません。すぐに次の経験にそれをフィードバックして活かす。もう一周、次のサイクルを回すために、上司は部下を「勇気づけ」ます。「次はきっとできる」と行動を促進するのです。このサイクルを何度も回していく。すると、部下の経験、知恵が積み重なり、成長していきます。上司はこのサイクルにおける矢印部分を担い回転を加速させるのが役割です。

 そして、部下は成長するだけではなく、「成長する方法」すなわち「経験学習サイクルの回し方」を身につけることになります。

 2つ目のサイクルは、ダニエル・キム教授が提唱した「組織の成功循環モデル」です。このサイクルは最初の項目が「関係の質」から始まる点が極めてユニークです。一般的に多くの組織は、このサイクルの始まりを「結果の質」を求めることから始めがちです。「結果はどうなっている?」と結果を追求すると、多くの場合、部下は、上司との関係を疎(うと)ましく思います。そして「関係の質」が悪くなる。すると「思考の質」も下がり、「行動の質」も下がります。結果として、一番ほしかった「結果の質」までも下がってしまうのです。キム教授の提言はスタートを変えることにあります。最初に「結果」を求めるのではなく「関係の質」を向上させるのです。すると、「思考の質」が上がり、「行動の質」が上がって「結果の質」も上がるのです。

 第1回でご紹介したグーグル社におけるプロジェクト・アリストテレスの結論は「心理的安全性:Psychological Safetyが高い業績を生む」というものでした。それこそまさに、この「成功循環モデル」のメッセージと同じ内容です。始まりが「関係の質」にあるという点が独特なのです。

 AIが進化し、これまで以上にコンピュータが人々の仕事を奪うようになれば、私たちに残された仕事は、グーグル社のように、クリエイティブなイノベーションを起こすことに限られてきます。また、イノベーション創出とまではいかなくても、あらゆる企業に必要なのは構造的な変革への適応です。

 既存のやり方が通用しなくなっていくのは、あらゆる業界に共通するテーマ。そのためにも、従来の常識の枠から外れたような突出した意見が採用されることも必要でしょう。過去に例がなく、既存の枠に収まらない意見を排除せずにすくい上げる。どんなに、常識外れの意見であっても「いいねぇ。おもしろいねぇ」と意見を守ることが必要です。それこそが心理的安全性であり、関係の質の向上といえるでしょう。それが担保されれば、思考の質が上がり、行動の質につながって、最後は結果の質が上がるのです。

 そして、最後に、この目的をきちんと現場に落とし込み、共有することが大切です。そうでなければ、(4)にあったように、すぐに「1on1で成果が挙がらない」という誤った印象を持たれてしまいます。目先の「結果の質」を追い求めるのではなく、関係の質を高め、経験学習のサイクルを回すこと。それこそが最も大切な成果である、ということを共有することもまた、1on1を成功させるために不可欠なのです。

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