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スタートアップ人材はなぜエストニアに集まるのか

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スタートアップエコシステムの将来

 「2018年にロシア、ウクライナ、トルコ、インドから多くの起業家が来て、スタートアップコミュニティが多様化していると感じています」と起業家でLIFT99 CEOのラグナ・サース氏は話す。LIFT99は「コ・グローイング・スペース」を理念に掲げ、スタートアップ向けのシェアオフィス事業や、起業家同士のオンライン上でのネットワーク、ナレッジシェアリングを目的にしたサービスを展開している。現在、フランスやブラジル、カナダ、シンガポールなどエストニア以外の出身の起業家が10人以上所属している。

 エストニアでの外国人人材の登用・滞在の長期化には、学校、病院などの公共サービスの拡充も重要だ。今後、家族連れで移住する人や、現在は独身でも滞在が長くなり、エストニアで家族形成する人が増えれば、幼稚園やインターナショナル・スクールなどの需要が大きくなる。公共機関での英語表示なども必要になるだろう。

 「スタートアップコミュニティにとって、多様性はとても重要です。シリコンバレーなど、成功したエコシステムはどこも多様性に富んでいます。エストニアがヨーロッパのシリコンバレーになるにはコミュニティの多様性を高める必要があると思います」とスタートアップ・エストニアのルック氏は話している。

大学生向けのプレインキュベーションプログラム

 エストニアが多くのスタートアップを輩出する背景には、アントレプレナーシップ(起業家精神)教育の充実もある。その代表例がエストニア屈指の理系大学タリン工科大学のプレインキュベーションプログラム「スターター・タリン(STARTERtallinn)」だ。同プログラムは、タリン工科大学だけでなく、タリン大学やエストニアビジネススクール、エストニア芸術アカデミーなど他大学の学生や高校生も参加でき、2015年から累計200チーム以上、約1,000人が受講している。

 アイデアソン後、チームを結成。学生は講義やメンターからのフィードバックを受け、約3カ月のプログラムの最後に開催されるピッチに備える。優勝者にはタリン工科大学内のMEKTORY(学生と企業をつなぐ目的のイベントや企業主催のワークショップが実施される施設)に6カ月間オフィスを借りることができるほか、審査員としても参加するテクノポールなどの著名インキュベーターとつながることも可能だ。

 同プログラムの卒業生、カイシャ・ハンセン氏は、循環経済をテーマに、おがくずを原材料にして立体物をつくる3Dプリンターを開発する「3CULAR」の共同設立者だ。「MEKTORYには3Dプリンターなどの設備をもった工作室があり、プログラム参加者は自由に使うことができます」と同プログラムのメリットを説明する。今年5月にはMEKTORYを改装し、コ・ワーキングスペースをオープンした。学生に向けて開放し、設備を使ったプロトタイプの製作などを行えるようになった。

起業体験プログラムでだれでも学生起業家に

 起業家精神を育てることに注力しているプログラムもある。

 「折り紙を樹脂で固めたピアスを制作、販売しています。社名はオリガミヤです」

 エストニアに日本から交換留学できている18歳の藏田怜那さんはそう言って自作のピアスを見せてくれた。彼女はエストニアのロー高という現地学校に2018年から2019年にかけて留学。ジュニア・アチーブメント・エストニアが主催する14歳から25歳までを対象にした「Student Company Program」(学生企業プログラム)に参加している。

 ジュニア・アチーブメント・エストニアの提供するプログラムでは、学生は1学年(9月から翌年6月まで)の間、ビジネスアイデアを出し、チームメンバーを集め、ビジネスを成長させ、実際に販売を行うという一連のプロセスを経験する。2018年~2019年度開催のプログラムでは、約1,500人の学生が参加、400近い学生企業が登録した。

 同プログラム運営に携わるケリスティ・ロール、リース・メツァダル、エップ・ヴォディアの3氏に狙いなどを聞いた。

 こうしたプログラムではアイデア創出に重点が置く場合もあるが、エストニアでは、実際に商品を販売し、マーケットを知るプロセスも非常に大事だという。

 生徒はアイデアを考えた後、チームメンバーをあつめ、企業を登録する。学生は年に2回、地元のショッピングモールで開催されるイベントで、商品を販売する。プログラムの終わりにはピッチが開催され、審査員として、起業家なども招かれる。優勝した学生企業はヨーロッパ大会に進む。同プログラムからスタートし、2017年のヨーロッパ大会で優勝した「フェテラ」は、家庭での生ごみを肥料に変えるバイオボックスを販売している。現在は通常の営利企業としてビジネスを続けている。

 学生企業プログラムはビジネス創出が主目的ではない。学生たちが起業とはどのようなものか知ることができること、何かを始めることに自信を持てるようになることが重要だという。

 藏田さんは同プログラム参加した感想を以下のように話してくれた。

 「やってみて難しかったことは、自分のアイデアに賛同してくれるチームメンバーを集めること。チームメンバーを集めた後も、どうしたら皆がそれぞれの力を発揮して商品が作れるのか、どのように声をかければいいのか、とても考えさせられました」

 「実際に商品を売ってみたら、思った以上にエストニア国旗柄のピアスが売れて、逆に和柄は売れなかった。販売イベントで買ってくれた人の反応をみて、販売方法を工夫し、次に販売する際の値付けや商品ラインアップに生かしたいと思っています」

 エストニアのアントレプレナーシップ教育はなお実践の途中だ。しかし、教育を通じて柔軟な発想を生み出す土壌を作ることが、エストニアのスタートアップを後押ししていることは間違いない。

(竹内理恵)

※記事中の肩書・年齢は2019年3月時点

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