天下人たちのマネジメント術

「リーダーが尊敬するリーダー」チャーチルの指導力 冨田浩司・G20サミット担当大使に聞く(4)

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コミュニケーション、実務能力、歴史観

 独ヒトラーの権力掌握以前から、その危険性に警鐘を鳴らし続け「チャーチルには、物心ついてから国家危急の時に救世主として活躍する運命の星が宿っているという確信があった」と冨田大使。若い時分から戦場で示した勇気、政治的課題を見つける先見性、何より目的に向かって前進し続けるエネルギーの激しさは、首相に就任する60歳代半ばに達しても衰えなかったという。

 荘重な偉人というイメージとは裏腹に、チャーチルはあらゆることに口を出す首相だった。国民を勝利に向けて引っ張っていくリーダーシップから、機密情報など作戦の細部まで、全ての局面を総覧することに拘(こだ)わったという。他の誰よりもうまくやれるという確信を持つことは、指導者にとって不可欠な資質といわれる。「チャーチルは最後まで自分がベストだという確信を捨て去ることはなかった。さらに自らの価値観や信念に基づいた大きな戦略眼があった」と冨田大使。

 約40年後にサッチャー首相がフォークランド戦争で示した指導スタイルとはかなり違う。サッチャーが発信するメッセージは、戦争の悲惨さに十分配慮しつつ、静かな決意を国民と国際社会に示すことだったという。冨田大使は「チャーチルの目的は国家の生存をかけた総力戦で、事態に見合った犠牲を国民に受け入れてもらうことだった」としている。チャーチルが戦争の大義と使命を説き続けたのに対し、サッチャーがテレビ出演などで国民へ直接訴えかけたケースは少ないとしている。

 冨田大使は、危機に求められるリーダーシップとして(1)目的意識を明確化するコミュニケ―ション能力(2)高い実務能力と行動志向(3)歴史観――の3点を挙げる。いかなるコストを払っても勝利するという目的を演説で示した。さらに「第2次大戦の指導者の中でチャーチルは最もヴィジブルなリーダーだった」と冨田大使。首脳外交、空襲後の視察、前線部隊への激励など絶え間なく行動する姿を見せ続けた。

 さらに冨田大使は「危機の際に連日生起する多くの課題を処理する能力のないリーダーには大きな戦略的判断を期待する事は難しい」とする。指摘されることは多くないが、チャーチルには蔵相として4度の予算編成を手掛けるなど重要閣僚の豊かな行政経験が備わっていたという。首相時には不作為のリスクをさけるために「即日実行」を内閣のモットーに掲げた。

 一番重要なのは歴史観だ。前首相のチェンバレンの「宥和(ゆうわ)政策」も、外相のハリファックスが模索したヒトラーとの講和も、チャーチルは受け入れなかった。無名な人々が神のご加護で強大で邪悪な敵に打ち勝つというチャーチルのプロテスタント的な歴史解釈に英国民は共感し、総力を結集させた。チャーチルの壮大な物語を紡ぎ出す能力は独特の歴史観が源泉だった。

 チャーチルの70年前の指導スタイルが、現在にそのまま通用するわけではない。情報革命が進み「FAGA」など国境を越えた巨大IT企業が、ひとりひとりの日常生活に大きな影響を与えているからだ。それでも米中関係から中東、欧州問題など不透明な国際情勢から思わぬ危機が生まれる恐れは常にある。冨田大使は「常に危機の指導者たらんことを目指したチャーチルの生き方は我々の将来を考える手がかりが潜んでいる」としている。

(松本治人)

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