病を乗り越えて

徹底した対話から見えた働く意味 サッポロビール人事部プランニング・ディレクター 村本高史

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遠い日々の記憶の中から

 人事部門で再び過ごした40代の半ば、大切にしていたことがある。社員の声を徹底的に聴くことだ。

 自社や社員の成長を働きかける2つのアプローチは仕組みと対話だと考えていた。仕組みを機能させるには人がきちんと運用する必要がある以上、仕組みよりむしろ対話がより重要と位置づけていた。

 当時の人事制度の基本思想は、「社員と会社がお互いになくてはならない最高のパートナーとなる」。社員を「人財」ととらえ、成長の機会を提供していく以上、社員の思いを知ることは不可欠だった。

 間接的に得られる情報だけではない。対面で直接話を聴いた方が、各人の思いや仕事への取り組み姿勢が生々しい実感を伴って感じられる。

 毎年、全国に出向き、分担しながら合計200~300人と面談した。主管部署のメンバーに関する部長・課長クラスとの場を含めれば400~500人になっただろう。異動に向けた面談以外に、昇格試験の面接、人事制度やダイバーシティ関連のプロジェクト等、対話の目的は様々だ。直近の異動や各人の今後のキャリア開発に反映したり、精度や風土づくりにつなげたりした。成長の後押しをすべく、その場でアドバイスも行った。

 場を設ければ、人それぞれの思いが語られる。仕事の手応え。壁にぶち当たっての苦闘。海外勤務への夢。ある営業担当者は得意先とのエピソードを交えながら、入社後20年余りのキャリアをしみじみと語った。希望があり、誇りがある。挫折があり、転機がある。それらを通して人は成長していくことを実感した。

 ビールを主力にしているせいか、「この会社に入ってよかった」という人が多い。商品に対する愛着が強いのだろう。自社の強みに「熱い思いを持った人の集まり」を挙げる声も目立つ。社員も人と人のつながりを重く見ていた証だ。

 人と向き合う以上、真剣に向き合うことは必要だ。ただ、理論武装して肩に力を入れすぎて臨むのはよくない。難しく考えず、いわば裃(かみしも)を脱いで素直に話を聴く。この姿勢をいかに持ち続けられるかが重要だと考えていた。

 一方で、対面の場のように、日ごろから率直に言い合える人をいかに増やしていくかは課題と認識していた。会社と社員の信頼感をさらに増していくには、地道に、誠実に対話を積み重ねていくしかない。それは会社が続く限り、終わりのない道なのかもしれないが。

声を失っての気づきを超えて

 8年前、声帯を失った。声が出なくなって改めて気づいた。頭の中に様々な思いが浮かんでくるのは、以前と変わらないのだ。思いは声になることなく、自分の中でやがて消え去っていく。止めることは決してできない。当たり前の事実に愕然(がくぜん)とした。自分の思いや出来事を備忘録的に書き留めるようになった。

 食道発声を習得し、2年余りが過ぎた。ふと社内を見渡せば、仕事に追われる仲間たちがいた。彼らは働く日々の中で何を思っているのか。忙しい会社生活で何を励みにしているのか。もしかすると、普段は声に出さない思いもあるのかもしれない。率直に聴いてみたい。素直にそう思った。再び自分の声を取り戻した今、もう一度、自分の声で彼らと向き合ってこそ、自分ならではの貢献ができるのではないか。

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